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関西地区大学部会研究集会
「大学におけるキリスト教教育 
―コミュニケーションの新しい可能性―」
梶原 直美

 去る11月1日(土)、2日(日)の2日間、関西地区第46回大学部会研究集会が、「大学におけるキリスト教教育―コミュニケーションの新しい可能性―」という主題のもと、倉敷国際ホテルにおいて開催された。開会礼拝では滝澤武人氏により、マルコ二章27節から「イエス主義=人間主義」との題のもとに奨励がなされた。

 その後、同盟関西地区大学部会で長らく委員を務められた工藤弘志先生(前同志社大学宗教主事)を講師として、「共通のロゴスを求めよ―諸宗教の中で 生きる日本人キリスト者として―」とのテーマで主題講演が持たれた。この講演は、先生の「キリスト教は私にとってなくてはならないもの」との信仰の告白から始まり、それを前提としながら、キリスト教界に対してたとえば他宗教や他文化に対する「優越感」や救いの「独占」などの有無を厳しく問い、キリスト教に自己批判的な相対化の必要性を提示するものであった。この主題講演を皮切りに、のべ17名の出席者によって活発な議論が展開された。そのなかで、キリスト教の「誇り」の必要性、学校教育における「伝道」のあり方などが問われ、またコンテキストとしての日本社会をも考察の対象とするなかで、日本文化とキリスト教の調和の重要性が説かれ、キリスト教が成熟する世俗社会の現状から乖離することへの懸念も示された。議論においては、参加者個人の神学的立場の差異もあり、必然的に多様な意見が生じ、課題となって残った。しかし、その多様性は出席者のあいだに分裂を誘発するものではなく、生の現場において、各人の苦悩と努力と喜びという経験をもとに形成されたものであることを再確認させるものである、との印象を受けた。

 最終協議のあと、「倉敷とキリスト教」と題する講演が柏木和宣先生(倉敷教会牧師)によってなされ、出席者一同は、数年後に創立100年を迎える倉敷教会と、その歩みを支えてこられた信仰者の様々なありようを、興味深く学ぶことができた。

 その後の閉会礼拝では、ヨハネ黙示録21章22〜27節をテキストに「諸国民の光栄」とのテーマで井上良彦氏によって奨励がなされ、定刻どおりに閉会された。

 今回はコミュニケーションをめぐって議論されたが、研究集会そのものも、集う者同士のコミュニケーションによって成立している。問題意識を共有し、盛んに議論するなかには、共感や批判や反論が存在した。また、可能な者は自由時間にともに倉敷教会を訪れ、夜には街に出て遅くまで近況を語り合う者も多かった。大学のキリスト教教育に責任を負う者にとって、この研究集会は学びの場であると同時に、互いの存在に関心を寄せ合う豊かなコミュニケーションの場としての意味をも持つ。そのことを感謝すると同時に、それぞれの散らされた場における神の祝福を祈りつつ、研究集会をあとにした
 
〈大阪女学院短期大学専任講師〉
キリスト教学校教育 2002年12月号3面


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