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音楽による「絵画のような」聖書物語
「ヘンデルの《メサイア》」
水野 隆一

 ヘンデルが《メサイア》を作曲したのが1742年。現在、最も多くの種類のCD、レコード録音のあるのが、この《メサイア》だと言われる。その数は40を越えるという。初演以来260年になるこの曲が、今もなお聴く者を魅了し続けるのはどうしてだろうか。

 台本を構成したジェネンズは、《メサイア》は「健全なレジャー」を提供するのが目的の作品であると述べている。当時「レジャー」という語が何を表したのかは別としても、確かに《メサイア》は、文句なしに楽しい。もちろん聴いている方も楽しいが、それよりも、演奏する側、特に合唱が楽しい。かく言う筆者も、学生時代から20年にわたって、合唱のメンバーとして《メサイア》を歌い続けている。

エル・グレコ「羊飼いの礼拝」 19世紀半ば、産業革命の成功で豊かになったイギリスに、次々とアマチュア合唱団が生まれた。それらのアマチュア合唱団の主なレパートリーは、《メサイア》であった。今日に至る《メサイア》の「人気」は、この時代にまで遡る。勿論《メサイア》は、ヘンデルの生前から有名で評価も高かったのだが、一般の人々の手に届くものになったのはアマチュア合唱団の功績によるところが大きい。ジェネンズの意図したところとは異なるかもしれないが、《メサイア》を歌うことは、人々に「健全なレジャー」を提供したのだった。

 「ハレルヤ・コーラス」の際に起立する習慣も、やはり、19世紀の産物らしい。ロンドン初演の際に国王ジョージ1世が起立したというのも伝説の域を出ず、習慣の正当化のために利用されたものだった。最近の演奏会では、「起立しないでください」というお願いが、事前にアナウンスされるようになってきた。

 《メサイア》の魅力は、何と言っても、まるで絵画のように、音で情景を描き出す手法にある。ベツレヘムの羊飼いたちに天使が現れて、救い主(「メシア」、英語読みで「メサイア」)の生まれたことを告げる場面では、ヴァイオリンに16分音符が現れる。これは、天使の羽ばたきを描いている。「いと高きところには栄光、神にあれ」(ルカ2・14)と歌った天の大軍が天に帰っていく様はディミヌエンドで描かれ、最後はピアニッシモになって消えていく。

 これはほんの一例だが、《メサイア》全体を通じて、聖書の物語が、「音による絵物語」とでも呼べるような楽しさで紡ぎ出されていく。歌詞が表そうとしている「感情」は(バロック音楽の約束事に従って)的確に描き出され、聴く者はその音楽に身をゆだねるだけで、聖書の物語を体感することができる。

 J・ウェスレーも、ヘンデル自身の指揮する演奏を聴いて、「思いの外、感動した」と『日誌』に書き残している。おそらく、自分の良く知っている聖書の内容が鮮やかに描き出されたことに感動したのであろう。
 《メサイア》は、ただ「楽しい」だけに留まらず、感動を呼び起こし、その感動を通して、聴く者の中に何らかの「変化」をもたらす。ヘンデルとジェネンズが願った「健全なレジャー」とは、このようなものであったのだろう。
 
< 関西学院大学神学部助教授 >
キリスト教学校教育 2002年12月号4面


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