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新年メッセージ
「昔も今も」

後藤  真

 新しい年を迎えることができましたことを感謝し、主のみ名を賛美します。わたしたちが、キリスト教学校に託された使命を新たに悟り、ともに主の栄光を賛美し、おのおのの場において賜物を生かす恵みが与えられますよう祈ります。

 わたしは、これまでにないほどの緊張感をもって、この年を迎えています。教育の計は百年と言われますが、いま学校は、10年どころか5年先を見通すことさえ困難な状況にあるからです。

 文部科学省は、これまで採ってきた抑制方針を撤廃することによって、各学校が自主的・自律的にシナリオを書けるように方向転換をしてきています。これは、同時に、規制緩和の名のもと、新しい政策誘導が行われていることを示してもいます。

 このような状況の中で、学校運営は、ただ理事者だけの問題ということではなく、学校に関係するすべての者が知恵を出し合い、一致協力して向かわねばならない重要な課題であります。

 キリスト教学校は、福音を宣べ伝える働きのために、多くの人々の祈り、献身によって建てられました。その目的が存続する限り、わたしたちには、一人一人が所属する学校を維持発展させる務めがあります。

 ですから、このような変化の激しい不安定な状況にあるからこそ、自らの働きを冷静に振り返り、確かな方向を見定め、そして希望をもって新しい一歩を踏み出したいと願います。

 19世紀の末、あるキリスト教学校の最初の卒業生となった一人の女性は、手記の中でこのように述べています。

「わたしの学院を卒業致してより此に30年を1日の如くに送り、今に至りてこれを追想す時に、母校にてその学生時代に受けし宗教教育の如何に私一人の生涯にとりて大なる恵なりしかを思ふて、感涙の滂沱たるを抗ぐことが出来ません。母校に対する唯一つの希望は、30年前も今日も変はりなき基督の御精神が愈々盛に学生諸姉を指導せん一事であります。」

 わたしは、この言葉にキリスト教学校教育の豊かな実りを感じました。これに似たことを、この春、社会人入学なさった方から伺いました。お子さんたちは、国立大学と大きな私立学校に通っている。自分は中学・高校の間に受けた聖書の時間や礼拝が、これまでの人生を支えてきた。だから、キリスト教学校である本学に入学したのだと。

 「宗教教育」、「キリストの精神が学生を指導する」、「聖書」、「礼拝」。百年の年月の隔たりを超えて、また出身学校は異なり、表現に違いはあるものの、同じような意味のことを知らされるとは思いも寄らないことでした。

 キリスト教学校に託された使命、それは、卒業生が教えるように、昔も今も変わることなく、聞く者の内に生きて働き、救いをもたらす福音を宣べ伝えるメディア、媒体として人々に仕えること、ただその一事であります。

< 平安女学院大学短期大学部長 >
キリスト教学校教育 2003年1月号1面



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