ホーム < キリスト教学校教育 < 03年1月号 < 3面


第45回学校代表者協議会
主題 「情報化社会におけるキリスト教学校教育」

開会礼拝説教
「隣人となる勇気」

ルカによる福音書10:25-37
鈴木 有郷

 この前の夏、私はアメリカのワシントン州にあるシアトル市に一週間程滞在した。三十年前、私はそこで牧師をしていた。日系二世の友人達が歓迎会を開いてくれた。皆、日本人差別の激しかった一九三〇年代のアメリカで中・高校時代を過ごした人達である。彼等は何時の間にか想い出話しに耽っていた。

 あの頃の日系人排斥は今の人には想像もつかないだろう、と一人が言った。父親が亡くなった時、葬儀を引き受けてくれる葬儀屋が見つからなかったのだ。もう一人が、フットボールの練習ではチームメイトに後ろから蹴飛ばされることが常だったと言った。一人の女性は、成績がクラスでトップだったお姉さんに優等賞は与えられず、二番で卒業した白人の生徒に与えられたと話した。本当に辛く、悲しい時代だった、と。

 しかしそういうことだけではなかった、と他の一人が言った。ホームルーム担当のジョンソン先生はクラスで絶対ジャップという言葉を許さなかった。確かにそうだった、とかつてのフットボール選手が言った。肩を脱きゅうした自分を心配そうに家まで送ってくれた生徒がいた。そうだ、彼の名前はジムだった。優等生を姉に持つ女性が言った。卒業式の後わざわざ家に来て、私の心の中ではあなたが一番よ、と言って姉にカードを渡してくれた女の子がいたっけ。彼女の名前はナンシーだった。

 今では悠々自適の暮らしを営んでいる壮年の男女が、涙をポロポロこぼしながら語り合う想い出話しに私もまた胸が熱くなる思いで聞き入っていた。私の関心を引いたのは、これらの人間らしい人間が皆教会に属していたという事実である。ミセス・ジョンソンは長老派の教会の教会学校でも先生だったし、ジムはルーテル派の牧師の息子だった。ナンシーはメソジスト教会のユース・リーダーだった。

 あの国家レベルで行われた組織的差別の犠牲者には彼等を守ろうと大手を広げて立ちはだかった少数の友人や教師がいた。私は気になってしかたがない。ミセス・ジョンソンやジムやナンシーのような人間らしい人間はいかにして育成されるのかということが。
 
 この問いを考える時、私は彼等が教会に深く関わっていた事実に注目したい。彼等の具体的行動は信仰に根ざしたエートスがなせる業であると思えてならないからだ。イエスの譬えに出てくる「善きサマリア人」のように、彼等は人種的、文化的、民族的壁を切り崩して相手に近づき、相手が最も必要としているものを自分のできる範囲で何のてらいもなく差し出したのだ。

 こう考えてくると、日本におけるキリスト教学校の目的が鮮明になってくるように私には思われる。即ち、人間の人間らしさを肯定するすべてのものに対して「然り、然り」と言い、人間の人間らしさを否定するすべてのものに対して「否、否」と言うことのできる、気骨ある、成熟した、勇気ある人間の育成がそれである。

 私達に与えられた責任と課題は真に重い。しかしそのような重い責任と課題を与えられているということは、同時に、限りない喜びでもある。

< 青山学院宗教部長 >
キリスト教学校教育 2003年1月号3面



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