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第45回小学校代表者研修会

共に重荷を担う
― キリスト教学校の使命と実践 ―

矢崎 茂樹

 第四十五回小学校代表者研修会(田中司委員長)が二月十三日〜十四日、幕張プリンスホテルで行われた。講師に西原廉太先生(立教大学文学部助教授)をお迎えし、「共に重荷を担う―キリスト教学校の使命と実践―」という主題で、充実した会を持つことができた。

 開会礼拝では、井苅堯子先生(横須賀学院)から「沖へこぎ出せ」という題で主の御言葉に従う勇気を与えられるお話を頂戴した。

 その後の西原先生の講演は大学の歴史から始まって次のような点が特に大切だと思った。(以下講演抄録)

 オックスフォードやケンブリッジの基になった十二世紀パリ大学から始まったと言われている大学は、元々修道院や大聖堂で担われていた学問が組織化されていったものだった。内容は、神学部・法学部・医学部、(基礎課程の文学部)からなっていた。神学部は大学が大学であるための必要条件だったし、現在も欧米の大学では神学を中核に担う場がある。

 コペルニクスもガリレオもニュートンも神が創造された自然の原理を解き明かすという目的で科学を研究した。チャールズ・ダーウィンもケンブリッジの聖公会の神学生であり、「生物の変化のプロセスは進化論で説明可能だが、何故そもそも生物が出現したのかは不可知であるとしか言えない」という言葉を残している。自然や宇宙を読み解くことを通して神の創造の神秘に近づこうとするはたらき、これが自然科学と呼ばれる学問領域だった。

 大学は聖書の研究がそもそもの課題だったが、自然科学も神学の一領域だったと言える。こういう事をキリスト教学校ならば、理科の時間などにお話しする事が大切だと思う。法学部も神と人間の契約、神が人間に与えられた人間が生きていくための規範を読み解くという事だったし、医学部も神から創造された人間の体を読み解く事だった。

 ところが日本の教育者達は、科学と技術の違いを基本的に理解できずに現在に至ってしまったと考えざるを得ない。元々キリスト教的基盤が無いから、一八七七年に誕生した帝国大学はヨーロッパの知識の伝道を目指したが神学部が無い特殊なものだった。一方で理学部があって、工学部ができた。日本の大学は神学無しの工学ありで異例だった。

 本来神の計画を自然の中から読み取る事が大学の勉強であって、科学とテクノロジーとは明確に分けられていた。自然科学は知の領域として神学として扱われていて、技術はギルドなどで扱われていた。

 日本で「科学」と「技術」を一塊りで「科学技術」と言ってしまうのは神学と科学の歴史を抜きに近代に踏み出したからだと思える。別の見方をすると「科学技術」は実学的・実利的なものとして位置づけられてきた。日本のキリスト教学校は科学と技術との区別を正確につけて本来の知を回復するためのキリスト教理解、神学理解が必要だと思う。

 立教の標語の一つにリベラルアーツというのがある。これは神学基礎諸科目として十三世紀から修道院で教えられていた極めて具体的なカリキュラムだった。これらをマスターすることが教養を身につける事だった。人間が総合された人間として生きていく上に本当に必要な知、他者の痛みに共感する事、歴史認識、国際性、こういう世界観や歴史観は、学校が本来大事にしてきた伝統的な事だと思う。キリスト教主義学校の中心原理がリベラルアーツだと言って良い。小学校の教育の中でも同じ事が言えると思う。

 二日目は、各学校での取り組みや問題点などを忌憚無く出し合って有意義な会となった。教育改革の方法として小学校と幼稚園や中学校の教員との交流や子ども達との交流の実践、二学年の担任が話し合う場を多くつくる実践、授業を見せ合って話し合う実践、縦割りによる児童の教育力を生かした実践などが出された。その一方で、各学校が抱えている諸問題についても話された。

 閉会礼拝は、井上馨先生(聖学院)から「無くてはならぬもの」という題の奨励で、多忙な学校行事の中であっても私たちキリスト教学校にとって、礼拝でキリストの言葉を聞くことが最も大切で、恵みである事を伝えていただいた。

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キリスト教学校教育 2003年3月号6面


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