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東奥義塾高等学校
大自然の中で神の恵みを
青野 和彦

1. 東奥義塾によるボランティア活動の歴史
 東奥義塾高校(青森県弘前市)は昨年10月25日、開学130年を迎えました。130年という長きにわたる学校史の中で、生徒のボランティア活動も古い歴史を持っています。とは言え、「ボランティア」という言葉は戦前では用いられず、救援とか慈善という言葉が使用されていたようです。東奥義塾年史に紹介されている最初の本格的な救援活動は、弘前市郊外に聳える岩木山の麓に1934年に開設された託児所に於ける幼児救援活動です。同年冷害による凶作の為、ひどい飢餓に襲われた岩木山麓の村々の幼児救援を目的として、東奥義塾、弘前女学校(現弘前学院)、弘前教会(現日本基督教団弘前教会)が協力し、託児所を開設した歴史があります。


2. ボランティア活動の核「東奥聖社」
 現在学内生徒によるボランティア活動は、「東奥聖社」(とうおうせいしゃ)という団体によって実施されています。東奥聖社は、東奥義塾が1922年にメソジスト派キリスト教学校として再興された際(1913年より廃校)、再興初代塾長であった笹森順造先生(後、青山学院院長)により創設された生徒宗教部です。笹森塾長は,ジョン・ウェスレーがオックスフォード大学時代に創設したホーリー・クラブ(聖社)に因んでそう命名しました。現在ではキリスト教教育の要である礼拝、キリスト教行事を中心に、各種ボランティア活動をこの東奥聖社の生徒達11名が中心となり担っています。

 東奥聖社は毎月1回の定例ボランティア活動や8月のヒロシマ平和学習、また過去には阪神大震災復興活動はじめ多岐に亘る活動を実践してきましたが、その活動の核は「聖書読書会」にあります。現在、毎週火曜日の昼休みの短時間、メンバーの生徒、顧問が集まって聖書を輪読し、宗教主事が奨励しています。これはキリスト教理解という目的だけではなく、何故、何の目的で私たちはボランティアを実践するのかという根本的問いを聖書から学ぶことを目的としています。ボランティア活動が大学進学の際の内申書評価にまで繋がる今日にあって、この聖書読書会こそが東奥聖社全活動の原点であり、公教育が推進するボランティア活動とは違う理念を私たちの活動に与えるものとなっています。単なるヒューマニズムを超える視点をこの読書会で養っています。


3.ボランティア実践例 ―八甲田農業収穫ボランティア―
 次に、東奥聖社によるボランティア活動の実践例を一つ紹介させて頂きます。東奥聖社の生徒が中心になって、1999年より八甲田農業収穫ボランティアを毎年9月第四土曜日に実施してきました。東奥義塾と八甲田の農村との関係は古く、1953年から、1964年にかけて宣教師であったギルバート・バスカム先生(後に関西学院大学経済学部教授)が生徒達と共に12月に吹雪の中を片道8時間以上かけて、八甲田の農村に鮮魚や生活物資を持参して訪問したという記録があります。「子供達の嬉しそうな顔を見ると登山の苦労も報われました」とバスカム先生は当時を回想しておられます。現在では麓の黒石市から八甲田までの道路はすっかり整備され、冬でも通行可能になり、冬の歩行登山と訪問は不要となりました。しかしかつての関係を復活したいと思い、またコンビニ慣れして食べ物の有り難さや自然の恵みに疎くなってしまった生徒達(私も含めて)に農業体験をしてもらいたいとも願い、農繁期にこの活動を企画しました。東奥聖社だけではなく学内からも志願者を広く募集しています。生徒の参加人数は、毎回20名を超えます。

 毎年東奥義塾のボランティア・チームを受け入れて下さるのは、八甲田の標高750メートルの沖揚平(おきあげだいら)という場所に位置する日本基督教団八甲田伝道所(日本一高所にある教会)の牧師と役員のご夫婦です。この八甲田伝道所は、戦後沖揚平集落に入植した農業関係者へのキリスト教宣教という目標と共に、日本社会の中での農業の位置、重要性をアピールしています。収穫作業の前、生徒達は牧師や農村の人々と共に礼拝を持つのですが、その礼拝の中でも、聖書から農の重要性がアピールされます。

 毎年、伝道所の役員夫婦が所有されている畑で生徒達は計6時間近く、農作業に勤しみます。最近では私も含め農作業経験がない生徒が殆どで、大根、人参、馬鈴薯の抜き方や農具の扱い方に戸惑いを皆覚えるのですが、生徒達の顔には清々しい笑顔が漲り、プログラム後半頃には皆すっかり作業が板につくようになります。

 作業終了後、参加者全員にフィード・バックとして、簡単な感想文を作成してもらいます。今年度参加したある女子生徒は次のように感想文で言っていました。「農業の大切さがかなり分かりました。腰も足も痛くてこんなに疲れるんだなあと思いました。でも疲れるけど、同時に農業の大切さも知りました。自分たちが食べている野菜はみんな農家の方々が一つ一つやっていると思うと感謝の気持ちで一杯です」。またある男子生徒は「自然の偉大さ、素晴らしさ、そして怖さが分かった」とも書いていました。農家の人々の立場にたって食物を育てることの苦労を学ぶ。収穫の喜びを体験する。自然の素晴らしさと同時にその恐ろしさも知る。そして背後にあって被造物に生命を与え、それを維持される創造者なる神の恵みを覚える。生命軽視の時代にあって、このボランティア活動を通し大自然という教科書の中で、生徒達がその事を学んでくれれば幸いです。また将来的にはこのプログラムを他のキリスト教学校とも共同で実施することも期待しています。

〈東奥義塾高等学校宗教主事〉
キリスト教学校教育 2003年4月号7面


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