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西宮上ケ原キャンパス 合同チャペル説教
「三つの愛」
マタイ22:34-40
宮谷 宣史

ここには、愛に関して基本的なことがある。

 1、人間にとり一番大切なものは愛。2、愛は自分の問題。3、愛は神と隣人と自分との関係。4、愛は心と精神と思いに関わる。

 この基本をふまえ、今は三つの愛のうち自分に対する愛のみを取り上げる。キリスト教は自己愛を教えていない、とルターやカルヴァンは云う。しかし私は、アウグスティヌスと共に、キリスト教は自己愛を大切にする宗教だと思う。それはマタイのこの箇所でも明らかである。イエスは神を愛することを第一の教えとした後で、「第2も、これと同じように重要である」と述べ「隣人を愛しなさい」と言い、どのように隣人を愛すべきか、という点に関して「自分のように」と説明している。神と隣人を愛する、それと同じ様に自己愛が重要だ、と受け取っていい。では、自分を愛するとはどういうことか。

 まず、今生きている自分とその命を大切にすること。次に、自分の身体を愛すること。さらに、自分の心と精神と思いを愛すること。心を愛するとは、それを広く、豊かにすること。他のひとの喜びや悲しみを感知する心、感謝する心、他者を愛する心など。そしてまた、辛いこと、悲しいことを忍耐する心と善悪を判断する良心を重視すること。

 次に、自分を愛するとは、自分の精神を愛すること。精神は知、情、意を含む。そこで、まず多くのことを学び知性を豊かにする、第二に、感性を磨き、同時に宗教に関心を抱き、霊性を養う。第三に、意思を鍛え、育てる。さらに、自分を愛するとは、ただ生きるのではなくて、自分や社会について考えながら生きていくこと。最近考えない人間が増えている。殺人を犯した17歳の青年の言葉「特に何も思っていないんです。考えても分らないのです」。何故、こうなったのか。身体を健康に保つために栄養が要るように、心と精神と思いを養うためにも栄養が要る。栄養失調になれば、精神は貧弱になり、荒れたり、病になる。そこで愛や忍耐というヴィタミン、その他、信仰、希望、友情、信頼、勉学、芸術など知性と感性と意思を育てる栄養素がいる。今、精神に十分な栄養を与え、育てなければ、一生未熟なままで終わるかもしれない。どうか栄養を取るように。

 ところで自分を愛する人は、隣人を大切にするようになり、また神を愛するようになる。この意味で、三つの愛は、実は一つである。みなさんが、三つの愛をもって生きることを願う。

 (附記:キリスト教主義学校は愛の学校で、この三つの愛を教えるところ。学校の指導的立場にある者が三つの愛に生き、それを示すように。その時、学校はその使命を果たし、神と人に喜ばれる存在になる。)

〈関西学院大学神学部教授〉
キリスト教学校教育 2003年7月号1面


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