ホーム < キリスト教学校教育 < 03年7月号 < 3面

基調講演
全球化(グローバリゼーション)と世界の担い手
―次世代が生きる世界とクリスチャンスクールの役割―
村上 公久

・聖書 Iコリント12・12, 13〜27、ピリピ3・20、 アモス9・7


  要旨 

A.国家が溶けて行く
 近代の最大の発明品「国家」(nation state)は200年経って今、制度疲労をおこし、その機能が急に劣化し始めている。

B.世界の担い手は、誰か
 今後、世界の担い手は分極する。
NGO(コミュニティー/自治体) と 超国家(国際機構)が、つまり地域と世界に広がる超国家組織が、世界を担い始めている。クリスチャンスクールは、自らがNGOであり同時に地球上に(globally)連帯し得る「超国家」であることに気付かなければならない。

C.グローバリゼーションの危険
 現在進行中のグローバリゼーションは、弱肉強食の世界をもたらす恐れがある。いわゆるグローバル・スタンダードに適合できない「劣者」は敗北して行くことになる。WTOシアトル会議、ジェノヴァ・サミット、また今般のエイヴィアン・サミットに抗議する人々(同時に発生した暴徒ではない)が押しかけたのは健全な反応である。


  国際化時代を考える

1 国際化 と 全球化 inter-nationalization, global ization ( ≠ Americanization )
 Globalization を語る流行は9・11で水を差され、国際的共同体などといったものは幻想にすぎず結局このテロ問題と取り組むのは「国家」なのだ との主張が強まり、(1)やはり「国家」が世界を担う主体である、という主張と、(2)globalizationとは所詮Americanizationである、という二つの議論へと変質して行った。また、急性肺炎の騒ぎで 国際化の進行が停滞し始めたかに見える。しかし、不可逆のグローバリゼーションが加速して進行中である。

2 国際化の時代とは
 最近、国境の無い地球儀にインターネットの国別コードだけを書き込んだ白地図ならぬ白地球儀を見た。これは新しい「国際電話帳」である。「世界は狭くなりつつある」とは今では陳腐な表現だが、国際観光学学会のレポートに『1992年、150兆円 と450兆円』(但し1$=\120換算)という数字がある。冷戦構造が崩れて軍備が変更した同年の全世界の国防・軍事費(軍人の給与・退職金・年金などを含む)が前者で、同年に世界中の人々が旅行・観光に使った金額が後者なのである。また、国際旅行者(国境を超えて移動する旅行者)数は、1950年には2500万人、1980年 2.87億人であったものが1993年に約5億人、2000年には7億人に増大し、2010年の国際旅行者数は16億人と予測されている。既に「世界は狭くなった」のである。


  国際化時代の実像

3 ODA Official Development Assistance(政府開発援助)の世界で ― 自治体の国際協力 ―

4 エピソード 二組の妹都市 ― ふたりの市長、国際協力時代の英断―
 私が「国家解消」を体験し始めたのは、1983年にODA(政府の国際協力事業)でマニラで仕事をしていた時のことだった。ある朝大使館に「CIDAカナダ国際開発庁がフィリッピンのセブ州政府に対して国際協力事業を始める」という情報が飛び込んできた。当時の(いや今でも)日本政府関係者にとって「国が相手国政府の頭越しに、直接に自治体と交渉・事業実施する」のは信じられない事であった。ソ連崩壊の少し前、岩手県久慈市は当時ソ連邦のひとつであったリトアニア共和国のクライペダ市と姉妹都市の友好条約を結んでいた。リトアニアがモスクワに反旗を翻し独立運動を始めた時、ソ連軍の戦車隊がリトアニア国境に迫った。この時、久慈市長はクレムリンにゴルバチョフ大統領に宛てて「姉妹都市があるリトアニアに軍事的圧力をかけるな、軍を退け」と抗議の電報を打った。日本の一地方自治体の首長が国家であるソ連邦のゴルバチョフ大統領に対して、弊国外務省ソ連東欧局を超えて抗議したのである。また、鳥取県境港市はノドン発射演習・核ミサイル疑惑の最中、朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の元山市と、将来を見越して友好都市となった。今や、国家が揺らぎ国境が消え去りつつある。

5 システム「国家」の制度疲労
 我々の大多数は日本、アメリカ、英国などの「国」というものは昔からあったと漠然と思い込んでいるが、ウエストファリア条約またフランス革命以降の「国家」(nation state国民国家)とは実質上は過去約200年間有効な「発明品」であったに過ぎない。明治日本が追い付き追い越そうとしたシステム「国家」は制度疲労によってこれまでの国家では無くなりつつある。「国家」(nation state)を構成している四つの要素は、(1)国境(1648年のウエストファリア条約によって実体化)、(2)国民(多くの国ではひとつの国民ではなく複数の民族から成る、という大問題が残存)、(3)中央政府(中央集権の起源でもある)、そして(4)国家国民意識教育、である。特に(4)は、情緒に「刷り込む」手法によって継続・強化されなければならず、かろうじて国語教育、国内鉄道網、国立博物館、国立教育機関(帝国大学)などの装置によって醸造・護持されてきた。「幻想の共同体」国家(Imagined Communities, Reflections on the Origin and Spread of Nationalism,Benedict Anderson 1991)が今「疲れ」ている。EUの実現、 NAFTAの成立、APECの形成は国家の枠組みが崩れ国境が消えてゆく現代世界の反応である。


  国際化時代と世界の担い手

6 世界の担い手の分極
 国家の解消に伴って世界を担うのは、小さい[コミュニティ−/自治体]と、大きい[超国家/国際機構]のふたつである。「A町三丁目自治会」や「X市」や「Y県」、さまざまなNGOが直接に世界と関わり世界を担う。一方、国連やEUなどの超国家が、各「国家」に代わって現実に世界の担い手になってゆく。小さな主体と巨大な機構が世界を担ってゆく。
 21世紀の最大の問題「地球環境問題」の解決もまた、分極したふたつの担い手による。NGOと国際機構が「地球環境問題」解決の主体となりつつある。なぜならば、「水と空気に国境はない」のであって「環境問題」は経済よりもはるかに先に国家を超えた問題だからである。
 ところで、世界のクリスチャン・スクールか連帯する超国家/国際機構(地域機構ではない)はあるのだろうか。そして、日本のクリスチャン・スクールの加盟・活動の状況はどのようなものなのだろうか。

7 直面している問題 と 全球化を支える普遍の価値観

8 全球化時代のクリスチャンスクール

 NGOであり、同時に「超国家」である クリスチャン スクールの存在理由と使命 Think globally and act locally.

地球規模で考え、地域( 祖国 日本・アジア・太平洋地域)で実践
 現代文明の危機は地球環境の危機を内包する世界同時危機であるが、これを克服するためには人種、宗教、価値観を越えた新しい世界協同体global villageの形成が不可欠なのである。
 我々は、クリスチャン・スクールが地域に根付くコミュニティーでありながら、同時に国家を突破したグローバルな組織でもある、という事実を自覚しなければならない。国立大学は仮に一時の独立行政法人への変貌を試みても、「国」(溶けてゆくが)に属するものであるがゆえに「超国家」となることが出来ない。
 キリストのからだ であるそのNGOであり同時に超国家である主体が、新しい協同体global villageの形成を担うのである。地球環境問題を含む現代文明の危機を克服することができるか否かは、現代世界にあっていまクリスチャン・スクールを構成している各人の「教会観」によってもいるのである。


追補 (基調講演に続くパネル・ディスカッションで筆者は以下を発言した。)

グローバリズムは、人間を浅薄にする。
 現在のグローバリゼーション体験は、人類にとって初めてのものではない。ヘレニズムの時代つまりアレキサンダー大王が死去して後、断絶せずにローマ帝国の時代に続いた間、都市国家に生きていた人々にとっての世界は東インドからイベリア半島に至る広大な共通文化圏へと拡大した。世界が狭小なポリスからオイクメネーへと広がったのである。この時代には世俗的科学の伝播拡散の一方、哲学・宗教運動が盛んになったがそれらは通俗化して行き、宗教は「救い」を忘れた人生論に変わっていった。ここに、今の時代にあるクリスチャンスクールへの、もうひとつのチャレンジがあるのではないか。

〈聖学院大学助教授〉
キリスト教学校教育 2003年7月号3面


(C)キリスト教学校教育同盟