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礼拝説教

共に重荷を担う ―十字架の道行き―
(マルコ15・21〜22)
越川弘英

 十字架という重荷を担いつつ、ゴルゴタへ向かう主の前に、シモンという人が現れます。彼はキレネ人、北アフリカの人であり、たまたまエルサレムにやってきて、主の十字架の道行きに出くわしたのでした。それは予期したものでもなければ、シモンが求めたことでもありません。たまたま二人の人生の歩みが、この時ひとつの場所で交わったのです。本来ならば、そのまま右と左に分かれても不思議ではなかったにもかかわらず、シモンはローマ兵によって強制的に主の十字架を肩代わりさせられることになりました。シモンにすれば迷惑な話であり、自分の予定を変えて、イエス・キリストの後に従い、その重荷を担うこととなったのです。

 シモンに関してはこのエピソードの他に、詳しいことは何も伝えられていません。ただひとつだけ、この部分で彼は「アレクサンドルとルフォスの父」であったと説明されています。おそらくこの二人は初期の教会の中でもよく知られていた信徒だったのでしょう。そうであるとすれば、その信仰は父であるシモンから受け継いだものであったと思います。主の十字架という重荷を無理矢理に負わされたことが、その後のシモンの人生を変え息子たちの人生にも大きな影響をもたらすことになったのです。

 ある牧師が、牧師の仕事とは水平線に向かって石を投げ続けるようなものだと語っています。そうした行為を通して、水平線の彼方にある永遠なるもの、神の真理を指し示すのが、牧師の仕事だというのです。もちろん人の投げる石は水平線のはるか手前で落ちてしまいます。しかし、彼は石を取り上げては、繰り返し投げ続けるというのです。多くの人はこの愚行の意味を認めず、その傍らを通り過ぎていきます。けれども、ごくまれにその場所に立ち止まり、その愚行を了解して、自分も石を投げ始める人がいるというのです。

 シモンの場合、自ら立ち止まるというよりも、意図に反して重荷を負わされ、石を投げる課題を負わされました。しかし、その形はどうあれ、ひとつの出会いがそれまでのシモンの人生を変え、それがさらにまた次の人々に受け継がれていき、「石を投げる人」の系譜を今のこの時代に至るまできざみ続けることになったのです。

 キリスト教学校はその建学の理念の中にキリスト教信仰を据えています。そして、私たちは学生・生徒に、永遠なるもの、神の真理を指し示す課題を担っているのです。それぞれの学校の創立者たちがそれぞれに担おうとしたイエス・キリストの重荷を、私たちも担い続けることが求められており、まず最初に「石を投げ始めた人」に倣って、私たちも「石を投げる」ことが求められているのです。

 幸いにも私たちは主にある交わりが与えられています。私たちは皆、主の重荷を共に担うのであり、また主が私たちの重荷を共に担っていてくださるのです。焦らず怠らず、主にある希望をもって、耐え忍びつつ、共に主の道行きに従う者となろうではありませんか。

〈同志社大学キリスト教文化センター教員〉
キリスト教学校教育 2003年9月号2面


キリスト教学校教育同盟