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夏期研究集会に参加して

希望の原点は礼拝にあり
中山  仰

 「共に重荷を担う─希望への教育─」という主題に、心惹かれ参加したのですが、期待は裏切られることはありませんでした。

 清重尚弘会長の主題講演の結論である「教育力」の大切さ、キリスト教教育における「深み」をどのように増して行くかということは、それぞれの教科の研鑽を深めるということより、その背後にある私たち教師側の、心の姿勢のあり方にあると教えられました。「俺はこの子達に何をしてやったのか」(津久見高校ラグビー部山口監督の言葉)というまさにその一点に立ち、その心を培うのはまさに礼拝においてなされると確信します。パネルディスカッションでも、三人の先生方は重荷を担うのは「学校礼拝」であると強調されました。松澤員子先生の異文化理解から出発した「若者たちの文化理解」という、他を排除しないという視点についてはご専門の立場から興味を与えられるものでした。「今時の若い者は…」という言葉の背後にある、彼らを理解しようとしない自分の姿勢を反省させられました。

 キリスト教学校は教育機関であり、当然「世の中の評価を受けなければならない」のですが、それはキリスト教が伝道される過程とよく似ていると思いました。その点では、越川英弘先生の礼拝メッセージにあった、水平線の向こうに希望を見出して石を投げ続ける事なのだと思います。朝夕礼拝では、準備され吟味された聖書の中の「重荷」というテーマを印象深く語ってくださいました。また特別ゲストの森繁昇さんの証を交えた讃美は、この会の恵みと共に心に焼き付いて離れません。魂の救済は、イエス・キリストの担いです。

 一つ一つの講演のすばらしさの上に、主題が集約されていたので充実したものでした。スタッフのかたがたの周到な準備によると思います。多くの方と交わり、語り合い、豊かな心で満たされたことも、関係者の準備と祈りの上にあったと、感謝しています。高知県の小さな学校に遣わされている私にとって、まさに「希望」へ向かう励ましを与えられ、どこに遣わされていても「共に重荷を担う」仲間がいることを共有でき心から感謝します。

〈清和女子中高校宗教主任〉
キリスト教学校教育 2003年9月号4面


キリスト教学校教育同盟