ホーム < キリスト教学校教育 < 03年9月号 < 4面

夏期研究集会に参加して

教育のモード=Accompaniment(一緒に旅をすること)
松田和憲

 このたび昨年に引き続いて、夏期研究集会に参加を許され、たいへん有益なひとときを過ごすことができ、感謝であった。特にその集会全体の方向付けとなった清重尚弘先生の主題講演、また霊的活力を与える越川弘英先生の四回に亘るみ言葉の説き明かし、これら二つの軸が絶妙に補完し合い、今回の研究集会全体を豊かなものに導いたものと思われる。(それらの内容については他の紙面で詳述されているので、お二人の先生方の講演、聖書講義に対する個人的な感想を記す形で役目を果たしたいと思う。)

 まず清重先生、高名な旧約学者でお名前だけは存じ上げていたが、私自身直接お会いし、講演を聞いたり親しくお交わりするのは初めてのこと、しかし講演が始まってものの五分も経たないうちに、その話し方と先生のお人柄にすっかり引き込まれてしまった。格調の高い語彙の説明をしたかと思ったら、次にはべらんめい調でエピソードを面白おかしく話す。私も今年で牧師生活28年目を迎えたが、先生の語り口に感嘆しつつ聞き入った次第である。今回の主題は、「共に重荷を担う=希望への教育」、先生はそのキーワードとして、冒頭のタイトル「アカンパニィメント」を上げて説明を加えられた。中でも「エマオ途上(ルカ24章)」の説き明かしは印象深かった。先生の話をお聞きしながら、結局のところ、教育とは「他者と同伴しつつ重荷を担い合っていくこと」、なぜか私の中でストンと落ちたような気がした。

 次に越川先生、先生とは昨年からご一緒に本研究集会の実行委員を担当していることで親しくさせていただいていたが、先生は近年、礼拝、牧会、説教など、実践神学に関する本格的な神学書を次々と翻訳し出版されている新進気鋭の神学者であり、その先生がどんなアプローチでみ言葉を説き明かすのか、私は自分が実行委員の一人であることも忘れ、その「講義」に期待を持って臨んだ者であった。そして、先生は期待に違わず周到な準備をされ、聴衆の琴線に触れる説き明かしをされた。無駄のない言葉、自分の中で受肉している言葉を平易に、しかし平板ではない切り口で語ってくださった。

 年々諸事情でこの研究集会への参加者が減少していることを耳にするが、今回の集会のような内容豊かなプログラムを提示できれば、減少傾向に歯止めをかけることができるのでは、と思いつつ帰りを急いだことである。

〈関東学院大学宗教主任〉
キリスト教学校教育 2003年9月号4面


キリスト教学校教育同盟