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第47回事務職員夏期学校

主題講演

「私たちの学校がめざすもの」
校長  小玉敏子


 本年度の事務職員夏期学校は、7月26日〜28日、御殿場・東山荘で、標記による主題のもと開催された。参加者は40法人から100名であった。


 「私たちの学校」というのは、キリスト教学校教育同盟加盟校ですから、〈キリスト教学校〉、あるいは〈キリスト教主義学校〉ということになります。現在、103学校法人が加盟しておりまして、その約半数は明治時代に創設された学校です。加盟基準に「寄付行為および学則にキリスト教によって教育することを明らかにし…」とありますから、それぞれの学校の寄付行為に「キリスト教精神に基づき…」というようなことが書いてあるはずです。


私塾から大きな学校へ
 1859(安政6)年、幕府が結んだ通商条約によって、横浜、長崎などが開港されると、外交官や商人たちばかりでなく、キリスト教の宣教師たちが来日しました。当時、キリスト教は禁止されていましたので、プロテスタントの宣教師たちは、日本語・日本文化を学ぶとともに、自宅または幕府の学校などで、日本の青少年に英語を教え、欧米の学問・文化を紹介していました。キリスト教学校の中には、このように伝道のために来日した宣教師が始めた塾から発展したミッション・スクールが多数あります。また、宣教師から人格的影響を受けた日本人クリスチャンが始めた学校もあります。これら初期の小さな学校の場合には、毎日の礼拝、授業、生活を通して、熱心な伝道者から人格的な影響を受け、生徒の人間形成がなされました。ところが、今日のように学校が大きくなり、学校を取り巻く社会が変化してまいりますと、私たちは改めて、〈私たちの学校がめざすもの〉に、それぞれがどのようにかかわることができるかを考えてみる必要があります。


キリスト教学校の歩んだ道
 キリスト教学校は創立以来、順調に発展したわけではありません。横浜には、明治時代前半に創設され、現在も存続しているプロテスタント系女子学校が4校あります。すなわち、1870(明治3)年創立のフェリス女学院、1871(明治4)年創立の横浜共立学園、1880(明治13)年創立の横浜英和学院、1886(明治19)年創立の捜真学院です。これらは、外国人居留地で婦人宣教師によって始められた小さな学校から発展したミッション・スクールです。1899年、条約改正によって外国人居留地が撤廃され、外国人はどこにでも住めるようになり、ミッション・スクールもどこにでも開設、または移転できるようになります。それと同時に、「私立学校令」が公布され、所轄官庁への届け出が義務付けられます。また、文部省訓令第12号によって宗教教育が禁止されます。横浜の四つの学校は、高等女学校と同じ学科課程を備えていたにもかかわらず、キリスト教教育を続けることにしましたので、「高等女学校」としては認められず、各種学校に分類されました。しかも、神奈川県の統計書では、これらの学校の創立年次はみな「明治32年」となりました。


建学の精神
 明治初年に誕生したキリスト教学校は、創立当初、明治20年代の国家主義が強まった時代、大正から昭和にかけての世界大不況の時代、第二次世界大戦中など、多くの苦難を乗り越えてキリスト教教育を続けてまいりました。少子化と不況の波に襲われ、現在も困難に直面しております。しかし、さまざまな努力を重ね、建学の精神を貫いて困難を乗り越えようとしております。

キリスト教学校教育同盟が作成した『加盟校の建学の精神』という冊子に加盟百校の設立の経緯、歴史、建学の精神、教育理念などが二百字前後に纏められています。いずれの学校も「キリスト教による人格教育」をめざし、「敬神愛人」、「敬天愛人」、「愛神愛隣」、「愛と奉仕」など、『聖書』に基づいた校訓、標語、教育方針を掲げています。

 キリスト教学校のめざすものは、〈キリスト教に基づく人格形成〉であり、キリスト教学校の教育の中心は礼拝であるといっても、学校の種類や規模、生徒の年齢層、歴史や伝統、建学の精神に対する意識はさまざまだと思います。私立学校にとって建学の精神は大切なものであり、重視しなければなりません。しかし、少子化による受験生の減少や多くの現実の問題に直面して、目に見えない大切なものを見失いがちになってしまいます。


キリスト教学校の教育
 キリスト教教育というのは、毎日、あるいは、週何回かの礼拝、『聖書』の時間、キリスト教学、キリスト教概論等の授業、または、宗教講演だけで行われるわけではありません。それぞれの教科の授業、専門科目の講義、演習、実習の中での教師の発言や態度、窓口で、カウンターで接する事務職員の言葉や態度が学生・生徒の心を動かし、魂を揺さぶることも多いのです。一つ一つは小さいことであっても、2年間、3年間、4年間、6年間の生徒・学生の成長過程で大きな意味を持つこともあります。数年前の神戸の事件、つい最近の12歳少年の事件、6年生の女児誘拐事件等、社会は異常な時代に入っております。教育に社会の目が今日ほど向けられているときはありません。今こそキリスト教学校で働いていらっしゃる皆様が、クリスチャンであるなしにかかわらず、「キリスト教学校の固有の使命を果たすために」、この困難な時代に、それぞれの学校で、また、他の学校の方々と、「共に重荷を担って」いくときではないでしょうか。

〈捜真学院理事長〉
キリスト教学校教育 2003年9月号5面


キリスト教学校教育同盟