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ブックレビュー・神戸女学院「中興の祖」
竹中正夫著   C.B.デフォレストの生涯 ―美と愛の探求―
松田  央

 神戸女学院第五代院長C・B・デフォレスト先生は、「神戸女学院の中興の祖」と称すべき人物である。彼女はアメリカ人宣教師として神戸女学院の教育と日本の福音伝道のために35年間働き、また戦争中は帰米して日本人収容所で日本人のために真摯に尽くした。そして1973年に地上の生涯を終えた。

 そこでデフォレスト先生没後30年に当たる今年に、竹中正夫先生(同志社大学名誉教授・神戸女学院理事)が『C・B・デフォレストの生涯―美と愛の探究―』という著書を創元社から刊行された。

 デフォレスト先生は日本の国をこよなく愛し、日本人の心と文化を深く理解していた。彼女はアメリカ人宣教師の娘として大阪で生まれ育ち、生まれてから約15年間日本に暮らしているが、これは非常に重要な事実である。つまり、彼女の体にはアメリカ人の血は流れていたが、その心には日本人の精神が宿っていたと言える。竹中先生は、そのような精神性に注目され、第一次資料にあたりながら、彼女の足跡を綿密に分析されている。要するに、キリスト教と日本の文化との融合というテーマが本書の多くの箇所で述べられているが、それは竹中先生のライフワークでもある。そのことは先生の多くの著書から推察することができる。そのような先生の学究的情熱がデフォレスト先生の精神と見事に解け合って、独特の和やかな暖かい雰囲気を醸し出しているように感じられる。

 それに関して、本書では次のように述べられている。「日本に生まれ、日本の文化を深く愛していたデフォレストは、神戸女学院をアメリカ文化にどっぷりつかったハイカラな学校にしようと思わなかった。確かに閉ざされた日本の殻を破って、国際的な視野を持った女性指導者の輩出を目指したが、それは同時に日本の文化と教養を身につけた人間の形成を重視するものであった。そしてその根底には、聖書の愛神愛隣の教えがあると確信していた」。神戸女学院大学の学生の中にはこの文章に共感を抱いた人が少なからずいたことをここで報告しておく。

 ところで本書によると、デフォレスト先生は病気のために1940年に神戸女学院を退職して、いったんアメリカに帰ったが、1947年に再び神戸女学院に復職している。復帰後最初のチャペルで彼女は、「私たちの国籍は天国にある」(フィリピ3・20)という言葉を中心にして講話をしているが、本書では残念ながらその内容については言及されていない。果たしてそれがどのような話だったのか、すこぶる気になるところである。デフォレスト先生はなぜこの聖句を選んだのだろうか。天国についてどのように語られたのだろうか。竹中先生がそれについて今後研究していただけると大変うれしく思う。

2003年4月20日・創元社刊 B6判・261ページ・価1800円+税

〈神戸女学院大学教授〉
キリスト教学校教育 2003年10月号4面


キリスト教学校教育同盟