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主 張
新しい時代の可能性をみすえる
別府 恵子

 アメリカの超絶主義者ラルフ・ウォルド・エマスンは、「自ら生きる時代を選ぶことができるなら、人は『変革の時代』に生きることを願うだろう。なぜなら、旧い時代と新しい時代をみくらべ、旧い時代の偉業を新しい時代の豊かな可能性へと転換できるからだ。時代にどう対処すべきかが分かりさえすれば、わたしたちの時代もまた、他の時代と同様よい時代である」と肯定的歴史観を記している。エマスンの生きた時代は19世紀中葉、のちに「アメリカ・ルネサンス」とよばれる、共和国発展途上の時期。いま、わたしたちが直面する20世紀から21世紀への「変革の時代」と同一視できないかもしれない。

 しかし、わたしたちの生きる時代もエマスンのいう「変革の時代」なのである。2つの世界大戦という20世紀の「偉業」ではない負の遺産を「豊かな可能性」に転換する知恵と情熱があってこそ、21世紀を希望あふれるよい時代とすることができる。それは、「人をそして自らを育てる」教育に携わる者すべてに課せられた大切な仕事であろう。とくに、この120有余年の歳月、学校教育をとおして日本の近代化に重要な働きをしてきたキリスト教学校に新たに問われている課題でなかろうか。第二次大戦後、自由と平等というプリンシプルにそった「個の確立」を謳った教育基本法の制定あるいは教育刷新委員会の主導的立場にあったのがキリスト者であったことを思う。いま、その教育基本法改正をめぐり議論がなされているが、それは、単に法律上の問題というより、エマスンのことばをかりれば、「旧い時代の偉業」を「新しい時代の豊かな可能性」に転換できるか否かの重要な問題であると理解している。

 キリスト教主義を「建学の精神」に掲げる大学で教育に携わる者として、いま、生かされている時代をよい時代と言えるようにしたい。それには、キリスト教が標榜する人と神と自然、歴史と文化、倫理にかかわる普遍的な価値観をみすえて、自由と平等という原理原則にそった個の尊重という教育理念を再確認することが大前提である。戦争の記憶と戦争が引き起こした心身のトラウマから解放されるには気が遠くなるような時間が必要である。多様な民族、文化との共生が賞揚される時代に生きるわたしたちだが、そうしたポストコロニアルな世界の動向と相反するようなグローバリゼーションの進行にどう向き合えばよいのか。最近、平和学あるいはコンフリクト・リゾルーション=和解学といった新しい学問分野の研究に従事する者が日本でも増えていると聞くが、戦争という負の遺産を「新しい時代の豊かな可能性」に転換する方策として、その進展を見守りたい。

 なぜなら、和解学の依拠するところは、「愛は忍耐強い。愛は情け深い。ねたまない。愛は自慢せず、高ぶらない。礼を失せず、自分の利益を求めず、いらだたず、恨みを抱かない・・すべてを望み、すべてに耐える」というコリントの信徒への手紙一、13章で説かれる愛の秘儀であると信じるからである。

〈松山東雲女子大学学長〉
キリスト教学校教育 2003年11月号1面


キリスト教学校教育同盟