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クリスマスメッセージ
主イエスの誕生
倉松  功

 クリスマスとは主(キリスト)イエスの誕生をお祝いすることです。クリスマスの最上のお祝いあるいは喜びは私たちの心に主イエスが救い主として誕生することに他なりません。

 ところで、私たちの心に主キリスト・イエスが誕生するとはどういうことでしょうか。それは私たちがこの世界に来られた主イエスを受け容れること、主イエスに信頼すること、主イエスを認めて、告白することです。しかし、すべてに先立って主イエスの生涯があります。救い主イエスは誕生なされ、地上を歩まれ、十字架につけられ、復活なさり、聖霊として存在しておられます。私たちが主イエスを受け容れるためには、それら救い主イエスの過去・現在・未来とその教えについて聞き・学び・想い起こさなければなりません。私たちは聖書によって、説教によって、お勧めによって、それらを契機にした自らの瞑想において、主イエスを心に描き、受け容れることになります。人となられた主イエスのどのお言葉、どのお姿を心の中に受け容れるか、それは人さまざまでしょう。またその時の私たちそれぞれの生活状況にもよるでしょう。最も中心的なのは主イエスの十字架と復活です。しかし、その十字架と復活をへた主イエスが聖霊を通して私たちのなかに受け容れられること、主イエスに信頼し、主イエスをしっかりと掴まえ、捕らえ、依存すること、それが私たちにおける主イエスの誕生ということでしょう。これが、主イエスの私たちの心における第一の誕生です。

 その第一の誕生は、実際はルターがいったように主イエスが十字架と復活をふくめて持っておられるものが、私たちに与えられることです。主イエスのものが、私たちに転嫁されたということができます。そして、私たちのものが主イエスに担われ、主イエスのものとなることだといえるでしょう。すなわち、私たちが自分の力で主イエスを自分の心に移し変えることではありません。実際主イエスの誕生は馬小屋での誕生以来、主イエスがご自身のほうからこの世界私たちの中に入ってこられたのです。この主イエスの第一の誕生によって、例えば、山上の説教の愛敵の教えや主イエスが語ったもっとも小さなものを主イエスとして愛することが求められます。それは同時に罪を明らかにし、罪を増し加えます(ローマ5・20)。第一の誕生である主イエスへの信仰・信頼によってはじめて、自らの罪を告白し、私たちは第二の主イエスの誕生へと導かれます。

 主イエスの第二の誕生は、主イエスによって罪を示され、自らの罪を告白するにも拘らず、赦されて、主イエスに受け容れられ、主イエスに信頼されることです。そこに神への畏れ、服従へと生きる新しい思いや意志が与えられます。家庭を形成し、隣人を助け、支え、隣人に仕えることを評価し、それらの大切さを知ります。この第二の誕生を通して日毎の歩み・生活を積極的に生きることが許されます。そのように、私たちにおける第二の主イエス誕生は、先の第一の誕生なしにはありません。

 ともあれ、この年も、私たちは主イエスを受け容れ、主イエスが私どもの心の中に誕生することをクリスマスにおいて味わいたいと思います。

〈東北学院院長・大学学長、教育同盟常任理事〉
キリスト教学校教育 2003年12月号1面


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