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第47回大学部会研究集会
主題 「イスラーム・キリスト教・対話 ―共に重荷を担うために」
高木 総平

 第四十七回大学部会研究集会が、十月二十四〜二十五日、関西地区が担当し、京都ガーデンパレスで開催された。主題は「イスラーム・キリスト教・対話―共に重荷を担うために―」、参加者は五十六名であった。

 葛井義憲先生の開会礼拝の後、船本弘毅教研担当理事、野本真也関西地区担当理事の挨拶があった。船本先生からは、とかく内に目が向いてしまいがちな同盟の研修会だが、グローバルな視点から内容豊かであることを期待する旨の言葉があり、野本先生は、信仰による壁がつくられる現代、それをいかに崩せるかということを課題として設置された同志社大学神学部一神教学際研究センターに触れつつ述べられた。この両先生の言葉に今回の研修の狙いが端的に示されていた。

 一日目の午後には、同志社大学神学部の中田考先生から、ご自身の歩みを通して、イスラームの基本的な教えや現代のイスラーム世界に関して、様々な角度から講演をいただいた。初めて「本物のイスラーム」に出会ったとの実感を大半の参加者がもった。夜には、同じく同志社大学神学部の森孝一先生が、アメリカ社会の実像を熱っぽく語られた。ここでは私たちにもたらされるアメリカの情報がいかに一面的であり、その影響でいかに片寄った見方をしているかということを強く教えられた。特に原理主義の問題点を明確に指摘されたことが印象に残った。

 今回は、船本先生が閉会で述べられたように、「聴く」ということに徹した研究集会であった。従って、全体会では、両先生に講演内容の確認をし、理解を深めることに終始した。ここではその一端を報告する。

 中田先生からは、イスラームのクルアーンや神学自体に「対話」の契機となる思想があるとの指摘があった。しかし反面、余りにも大きな隔絶があることも示され、司会者がいみじくも発言したように、今回の主題をひっくり返される思いをいだくこともあった。「対話」といっても、経済や文化面において、圧倒的に優位なキリスト教圏が提唱する場合、イスラーム世界にとって現状維持に過ぎず、何ら益をもたらさないということであり、キリスト教圏が貼りつけているラベル、イスラームは一枚岩であるとの偏見こそ改変されねばならないとの両先生からの指摘があり、これは容易ならざることだとの感を一同もった。我々の関心も9・11から始まっており、あの光景は私たちの目に衝撃的に焼きついているが、もっと大規模な9・11(大量虐殺)が、近年においても繰り返し行われてきたことを忘れてはならないこと、世界を覆っている罪の問題、その超越の契機ということも改めて考えさせられた。

 世界情勢の複雑さの中、我々も大きく問われているのだとの思いの中、滝澤武人先生担当の閉会礼拝で一泊二日の研修会を閉じた。

〈松山東雲女子大学宗教主事〉
キリスト教学校教育 2003年12月号2面


キリスト教学校教育同盟