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新年メッセージ
「パーソナリティとソシアリティ」を
湊  晶子

 政治的にも、経済的にも、また国際情勢でも不安の深まる中で、例年にない緊張をもって新年を迎えられたことと存じます。私は年頭の聖句に「キリストの平和があなた方の心を支配するようにしなさい」(コロサイ3・15)を選びました。また今年七月には五千円札から新渡戸稲造先生の肖像が消えますので、先生の「パーソナリティとソシアリティ」という言葉を二〇〇四年の標語と致しました。

 「われ太平洋の橋とならん」と名言を残した新渡戸先生は、一九二〇年から一九二六年まで国際連盟事務次長として、一九三三年日本が国際連盟を脱退した後も太平洋問題調査会理事長として、国際平和のために尽力されました。先生の晩年日本が軍国主義に傾き、平和主義からも民主主義からも離れ、困難な状況に陥った時にも、先生はアメリカとカナダで百回を越す講演を行い平和主義者としての使命を果たされたのです。

 新渡戸先生の教育者として、平和主義者としての理念は、まさに「二十一世紀に架ける橋」であると思います。先生は、神との垂直的関係から樹立されるゆるぎない人格形成を説き、「日本人に最も欠けているのは、パーソナリティPersonality (人格)の観念であり、Personalityのないところには、Responsibility(責任)は生じない」と、強調されました。「人はどこか動じないところ譲れぬという断固とした信念がなければならない」と主張される先生の生き様は現代日本人に大切な指針を与えています。

 先生は、人格形成がなされた個の集まりが和解を可能とする社会を生み出すと述べ、個と個の水平的関係をソシアリティという言葉で説明されました。カナダのバンフで開催された第5回太平洋会議(一九三三年十月)での先生の遺言とも言うべきスピーチにこのソシアリティの精神がよく表されています。「両国(中国と日本)政府の間には対立がある。しかし人としてはお互いに悪意を抱くものではない。(中略)民族間や国家間の調停者となる日がくるであろうといえば、それは期待しすぎるであろうか。」

 昨年末にイラクへの自衛隊派遣が決定されました。私は現在の米英主導の体制を国連主導の体制に移行することが先決であり、そのために日本が調停者としての責任ある役割を果たすべきだと思っています。イエスは山上の説教で「平和を実現する人々は幸いである」と、平和は武器によって実現されるのではなく、平和をつくり出すことの出来る一人ひとりによって実現すると教えています。勿論平和が実現されるためには、多くの時間と苦難をともないます。

 事実平和主義者としての新渡戸先生の晩年も闘いの日々でした。しかしカナダのビクトリアで亡くなられた先生の心は「キリストの平和」で支配されていたのです。妻メリーの記録が伝えています。ゆるぎないパーソナリティを形成し、ソシアリティな社会を実現するために自らの責任を果たすと同時に、二十一世紀を担う人材の育成に教育同盟としても力を合わせる年となりますよう願っています。

〈東京女子大学学長、教育同盟理事〉
キリスト教学校教育 2004年1月号1面


キリスト教学校教育同盟