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キリスト教学校教育懇談会
フォーラム
 
 阿部幸子氏(青山学院女子短期大学学長)の司会のもとパネリストの自己紹介がなされ、それぞれキリスト教学校において女子教育をどのようなコンセプトで行っているかを話された。



 杉田紀久子氏(田園調布雙葉学園理事長・中高校校長) 
 女子教育を行うということは、埋もれているダイヤモンドの原石を掘り出して磨いていく手伝いをすることであると思っている。男性も女性も神の前で人間として平等、対等に造られているはずなのに、長い間女性は男性より下に置かれ、隠されて表に出てこない歴史が続いて来た。今も続いている部分がある。そこを掘り出してみんなの前に出していく教育である。

 今から三百四十年前に創立されたサンモール修道会(現在幼きイエス会)の創立者は、掘り出された子どもたちを世話するのに、当時相手にされなかった女性を教育して、その教育に当たらせた。これは今も同じである。

 湊先生のお話にもあったが、創世記四・七に「あなたはそれを治めなければなりません」(口語訳)という「自分を治める」ということを、私は今中高生に繰り返し言っている。自分で考えて、決断して責任を持って生きる人になる。別の言葉では「自分を律する」、「自分で立つ」、二つの自律を言っている。また、心と目を世界に向ける女性を育てたい。



田中弘志氏(女子学院院長)
 女子教育が持っている意味を三つの角度から話したい。一つは、女子校の中では生徒たちの能力を十分に発揮させることができるチャンスが沢山ある。二つ目は、そういう学校で三年ないし六年間を過ごして、生徒たちに自信を持たせて送り出すことができる。三つ目は、ロールモデルを女子校の場合設定しやすい。女子校では男性教師より女性教師の方が多い。女性教師が教科の専門性を持って、しっかりした教科指導、生徒指導をする姿を見て、生徒たちは自分たちのモデルとして学ぶことが大きい。

しかし、間違ってはいけないのは、女子教育の方が共学より優れているということではない。女子教育もあるし、共学の教育もある。生徒がそれを選ぶということが大事である。また「自分を治める」ということでは、初代院長の矢島楫子先生は「あなたがたは聖書を持っている。だから自分で自分を治めなさい」といわれた。「自分を治める」ことの基礎に『聖書』がある。



奥井博子氏(聖心女子学院初等科・中高科校長)
 私共の学校は、一八〇一年フランスのアミアンで最初の学校が始まった。丁度フランス革命の後で、フランスの国全体が荒れていた時に女子の教育が世の中を変えて行くのではないかという考えから創立された。聖心会の学習指導要領は、初めの段階から作られ、知性の育成・魂の育成・行動の育成という三つの柱のもとに学校教育が続けられ、その中に私がいる。今、女性が持っている感性、豊かさなどの女性性を良い意味でどのように発展させ活かすかが課題である。また今日のように生命が粗末にされている時代にあって、誕生の神秘、生命の尊さということを女子教育の中でしっかりと取り扱っていきたい。カトリックの学校として「グレート・パーソナリティ」を聖母の中に意識させたい。



飯島節子氏(捜真学院院長) 
キリスト教による女子教育は、イエス・キリストの愛とゆるしに根ざしたまなざしを持った生徒を育てることである。一八九〇年に来日され、全生涯を捜真に捧げられたクララ・A・カンヴァース先生は「神様を信頼しなさい。最善の自己に忠実でありなさい」、「失望するとも、絶望してはならない」という言葉を残してくださった。私たちはこの言葉を生徒たちに伝え続けている。そして私たちはロールモデルをカンヴァース先生においている。

 Calling ということは、どんな仕事にも大切である。光の当たる職業の道を歩む人もいるでしょうが、母として一隅を照らす存在で、そこにcalling を覚える人の生き方は違う。それをカンヴァース先生が示してくださった。また教育は人とのかかわりを大切にすることであると思う。中高時代よい友人関係を築き上げて欲しいと願っている。   



キリスト教学校教育 2004年5月号4面


キリスト教学校教育同盟