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第2日礼拝説教
恵みと力があふれる場
Uコリント12:1〜10
梅津 義宣
 
 今日ほどわが国の教育機関が多様な形容の仕方で称される時はないように思われます。例えば、「冬」「淘汰」「サバイバル」「試練」「危機」など枚挙に暇はありません。

 確かに、広くキリスト教学校をめぐる情勢を見ても、伝統校・新設校とを問わず、まさに多様な危機的状況を迎えているようにも思われます。また、「弱さ」を抱えた時代の到来を実感します。

 キリスト教学校は今日このような状況をどう乗り越え、キリスト教の理念に基づいた建学の精神の具現化をどう推進してゆくのかが切実に問われています。

 このように逼迫した状況を共通に迎えている私たちは、まず、神の言葉に聴き、そこから励ましと勇気と力を与えられ、キリスト教学校に託された価値ある教育の業に励みたいと思います。

 Uコリント十二章の中で、パウロは「この耐え難い自分の弱さは、どうしても必要な意味のある弱さ」であり、「キリストの力が自らのうちに宿るための弱さである」と述べ、さらに「この弱さをキリストのために満足する。それ故にこそ、自分の弱さには特別な意味がある」と語ります。

 ここに語られるのは、人間の「弱さ」に特別な意味を付与される「神の恵みと力」の弁証法です。

 さて、私たち尚絅学院大学は、学院創設以来百十二年という歴史と伝統に基づいた学び舎であることを正当に評価しながら、「建学の精神」「キリスト教の理念」に基づいた教育を重視しています。キリスト教関連科目と通常の礼拝の連結を重視し、週二回(月・木)の礼拝をはじめ、各種の宗教行事やキリスト教に関わる諸活動への参加を重要なモットーとして掲げています。日常の礼拝には学生はもとより、理事長、学院長、学長、常務理事、教職員一同がこぞって参加すべく努めています。

 一方、現実的な問題として、私たちはキリスト教教育を推進してゆく中で、いくつかの「弱さ」をも抱えています。

 一つは、キリスト教大学でありながら、本来あるべきチャペルがない、という「弱さ」です。このような状況の中で、現在、週二回、同時に二つの大講義室を使用して通常の礼拝を守っています。

 「チャペル建設の課題」は、これからも学院全体が一体となって、知恵を寄せ合い、祈りを合わせ、将来計画構築の中で実現されることを願っています。

 ところで、現代社会の所謂「目的・合理的価値」という点から見れば、「キリスト教教育推進」というモットー自体が、なにか「弱いもの」と判断されかねません。しかし、この「弱いと見える部分」にこそ、神は特別な意味を与えられ、その場所を「恵みと力があふれる場」としてくださるとパウロは教えています。このような「特別な場」にあってこそ、教育と伝道が一体化されつつ推進され得ることを確信したいと思います。

 教育・伝道が実現するのは、私たちが満ち満ちた権力や確信を持っている時ではなく、むしろ、弱く途方にくれている時であることを心に覚え、十字架と復活のキリストと聖霊に導かれて「キリストにある共同の磁場」を形成しつつ、託された「キリスト教教育推進」の使命を果たしてゆきたいと願っています。



〈尚絅学院大学教授・宗教部長〉
キリスト教学校教育 2004年7月号3面


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