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パネルディスカッション発題

人をはぐくむキリスト教学校
アジアの人と共に生きる

小暮 修也

モンゴル・フィリピン・イラクの子どもたちと出会って
 長い間、「アジアの人々のために仕えたい」と祈ってきた。そのような中で、大火災にあって学用品が不足しているモンゴルの小学校や子どもセンターから「学用品を送ってほしい」との依頼があった。十一人の高校生の呼びかけに応え、全校生徒が学用品を持ってきた。その生徒たちの眼は輝いていた。人は他人のために尽くす時に生き生きとすることを実感した。モンゴルの子どもたちからも感謝の手紙が届いた。

 フィリピンの性的虐待を受けた少女が心身のケアを受けた後、来校した。その子は日本の高校生に「日本の成人男性がフィリピンに来て、児童買春をしていることをどう思うか」と問うた。私も高校生も衝撃を受けた。少女から「これからも友達になってほしい」と言われ、交流が始まった。少女のいる施設に問い合わせ、子どもたちの通学のためにジプニー(小型バス)を贈った。また、親が育てられずに預けられた子どもやストリート・チルドレンから保護された子どもたちのいる施設に音響機器、絵本などを贈ってきた。

 フィリピンの子どもたちと出会ってみると、つらい体験をしているにもかかわらず、明るく優しい。年齢の上の子が下の子の面倒を良くみている。掃除もしっかりやる。与えられた条件の中で懸命に生きている。厳しい条件の中でも、神に祈り感謝している子どもたちがいる。私たちはこの子たちに「与えよう」として、多くのものを「与えられた」。

 また、最近、イラクの子どもたちから「一度でいいから本物のサッカーボールをけってみたい」と頼まれ、市民の募金でサッカーボールにサインをして贈った。イラクの障害者施設に車を贈ることに取り組み、白血病にかかった子どもたちに抗がん剤などの医薬品を送ることにも取り組んでいる。


神様にお返ししてゆくこと
 多くのキリスト教学校が見知らぬ人々の祈りと愛と献げものによって建てられた。また、宣教師をはじめ、多くの人たちの献身によって成り立ちえた。この恵みを受けた私たちが、今度はそれを神様にお返ししてゆくこと、そのような心によって世界の人々に仕えてゆくことが大切ではないかと思う。

具体的には、五年前から高校生と共に「フリー・ザ・チルドレン」という、子どもが子どもの人権を考え取り組むグループを立ち上げた。二億五千万人も児童労働をさせられて学校に行けない子どもたちがいることを知り、日本の子どもたちの現状が世界では当たり前ではないということを知った。アジアの子どもたちと出会って自分の進路を見つけた子もいた。高校生らはこれらの取り組みによって「自分は何者か」ということを考え、「自分にもできることがある」ことを発見した。


キリスト教学校の使命と責任とは
 キリスト教学校の使命と責任は、神にかたどって創造された人間の尊厳(創世記2・27)と、主なる神に命の息を吹き入れられた人間の謙虚さ(創世記2・7)を具体的に教え示していくことではないか。そして、イエス・キリストが歩まれたように「主なる神を愛し、隣人を自分のように愛する」(ルカ10・25〜37)ことである。この建学の精神を伝えてゆくときに、これに応え実践する若い人たちがたくさんいることを誇りに思い、励まされる。私たちは若い人たちと共に学び、世界の人々と共に生きてゆきたい。



〈明治学院高校教諭〉
キリスト教学校教育 2004年9月号2面


キリスト教学校教育同盟