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パネルディスカッション発題

生活即教育
自由学園の教育

矢野 恭弘

自由学園の沿革
 一九二一年(大正十年)四月、羽仁吉一、もと子夫妻は『婦人之友』の読者の家庭から二十六人の少女を集めて学校を始めた。熱心なクリスチャンで、植村正久牧師による家庭礼拝を守っていた二人は、校名を聖書の一節「真理はあなたたちを自由にする」(ヨハネによる福音書八章三十二節)から自由学園とした。

 目白(現豊島区西池袋)の最初の校舎の設計はフランク・ロイド・ライトによる。遠藤新設計の講堂などの校舎群は後に明日館と呼ばれ、一九九七年に国の重要文化財に指定され、現在は、公開講座と会館事業を中心に「動態保存」という形で利用されている。

 一九二七年初等部(小学校)設立、一九三〇年現在地(現東久留米市、西武池袋線ひばりヶ丘下車徒歩八分)に移転。一九三四年九月女子部が現在地に移転、翌一九三五年(昭和十年)男子部開学、一九三九年幼児生活団開設。一九四九年最高学部(四年制大学部、女子は二年制)開学。本年五月一日現在の児童・生徒・学生数は、幼児生活団から最高学部まで全員で千二十名。各学年一クラスで、女子部では主要な授業は半数に分けて行っている。


教育理念
 「思想しつつ 生活しつつ 祈りつつ」「生活即教育」「それ自身一つの社会として生き成長しそうして働きかけつつある学校」(一九三二年八月、羽仁もと子著作集第十八巻『教育三十年』23-48ページ)に自由学園の創立理念が述べられている。次の四点にしぼって主に中高での実践報告をスライドで見ていただく。 

@キリストをただひとりの先生とする―礼拝について  
羽仁もと子は、「自由学園の変わることのないただ一人の先生はイエス・キリストだよ」と語った。礼拝堂も専任牧師も持たないで、毎朝の礼拝では、讃美歌を歌い、聖書を読み、司会者(専任教師全員が交代で、週一日は生徒の)が話をする。その後各クラスの日番(日替わりで全員に回るクラスの責任者)が全校の前で感想を述べ、生徒委員が報告をする。

A 雇い人のいない学校―自労自治
普段の学校生活、寮生活運営の中心は生徒委員会である。七週間の任期で名簿順に全員に回り、学年に応じた責任を持つ。

B 温かい昼食のある学校
 女子は毎日、男子は週に一日、クラスの半数で全校の昼食を作る。計画を立て、力をあわせて作業を行う生きた勉強の場となっている。また、昼食の時間には教師と生徒が共に食卓を囲み、新聞解説、音楽鑑賞、習字の講評などが行われる。

C 詰め込み勉強ではない、本物に触れる実学、資格や肩書きのためではない人間教育
 普段の時間割通りではなく、何日か集中して取り組む「張り出し勉強」がある。新入生の机・椅子つくり、磯の勉強、植林地での作業、学校農場での労働や修養会など、実地の勉強をしている。また、登山、体操会、音楽会、美術工芸展、学業報告会、クリスマス礼拝、午餐会など、さまざまな行事の運営を通して、生徒たちは責任と協力を学んでいく。


終わりに
 学園の課題としては、学校として信仰を如何に育てていくか、生徒の自治の力をどう伸ばしていくか、基礎学力をどのように育てていくかの問題がある。


〈自由学園副学園長〉
キリスト教学校教育 2004年9月号2面


キリスト教学校教育同盟