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教育同盟の機能と役割

小林 宏
 キリスト教学校教育同盟は、英語名で、Education Association of Christian School in Japanという。これを見ても分かるように、キリスト教学校教育同盟はキリスト教学校が「教育」を旗印に掲げて結集した同盟である。廃娼同盟、日本禁酒同盟等がそれぞれ「廃娼」、「禁酒」を旗印に掲げた同盟であるのと同様である。このことは、現同盟の前身「基督教教育同盟会」(National Christian Education Association in Japan)から受け継がれた。しかるに、現在の同盟加盟校にこの自覚があるであろうか。筆者の見るところではこの自覚がきわめて希薄である。

 一例をあげれば、わが同盟を略して「キ同盟」などと呼ぶ。そこにはわが同盟が「教育」の旗の下に参集している同志である自覚は皆無というほかない。

 現在の加盟校に属する諸兄姉は、わが同盟が「キリスト教」もしくは「キリスト教学校」が旗印と漠然と考えているのではないか。それが全く間違いだ、とはいえないが、わが同盟が掲げているのは明確に「教育」ということなのである。

 周知のとおり、わが同盟は一九一〇年(明治四三年)訓令十二号の撤廃のために結集した同志的結合であった。筆者はこのときその同志的結社を実現したのは、当時のキリスト教学校の担い手であった先輩たちが、自分たちの学校の存立に関わる危機的事態というよりも、国家権力が教育のあり方を脅かすことに対する怒りではなかったか、と考える。つまり、われわれの先輩たちは、「教育」に関して、それぞれ明確なヴィジョンを持ってキリスト教学校の教育に携わっていた。それを一言でいうならば、教育は人格形成をめざす、ということである。そして、その人格形成はキリスト教信仰に基づく教育によって、はじめて実現するというヴィジョンであった。

 このような教育観は、ギリシャ・ローマの時代から綿々として受け継がれてきた西欧の教育の主流であって、いわゆるリベラルアーツの教育である。

 よく明治初期のミッションスクールが教育を伝道の手段としたといわれるが、教育ならなんでも伝道の手段になるわけはないのであって、ミッションスクールの教育が人格形成をめざすリベラルアーツであったから、それが伝道を可能にしたのである。

 さて、わが国の教育の歴史を概観し、さらに、現在のわが国における教育の現状を見るならば、キリスト教学校が「教育」の旗印の下に結集し、この国の若き魂にキリスト教に基づく人格の教育を実現しようとする情熱に揺り動かされるのは年老いた筆者だけではないと信じたい。じつは現在の事態は、訓令十二号のときよりも、さらに、太平洋戦争下のときよりも深刻であり、危機的である。いま、わが国の教育の現場はその深刻な苦悩と日夜戦っている。その象徴的な実例は、佐世保の小学校で起きた事件である。キリスト教学校もその例外ではない。こういうときに、キリスト教学校教育同盟がその機能を働かせ、その役割を自覚し、わが国の若き魂に向かって光を掲げようとする者たちに教育研究の場を提供し、その「教育」の旗印を鮮明に掲げてほしい。

〈横浜共立学園理事長、同盟評議員〉
キリスト教学校教育 2004年11月号1面


キリスト教学校教育同盟