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第四八回大学部会研究集会

講演2 初期キリスト教の考古学的痕跡
-カタコンベを中心に-


山田 順

 キリスト教考古学
 キリスト教考古学とは、一般に二世紀後半から七世紀頃までの、初期キリスト教に関わる文化遺産を研究対象とするもので、具体的には、キリスト教共同体に帰属した地下墓地、教会堂や洗礼堂などの遺構、およびそこから出土した壁画やモザイク、碑文や副葬品などの遺物研究を通して、初期キリスト教共同体の営みの再構成を試みるものである。

 このようなキリスト教考古学は、今日、イタリアをはじめ西欧の歴史学全般の中で、特に古代末期から初期中世に向う歴史と文化の転換期への洞察に、貴重な考古学資料を提供する一分野として位置付けられている。しかし、残念ながら日本では、現在までこの分野に関するまとまった訳本や研究書の出版は未だ皆無に等しい。

 死者のための地下都市
 今日、ローマでは、大小合わせて四十を超えるキリスト教カタコンベが発見されているが、今なお建設工事の際などに、突然、新たな地下墓地が姿をあらわすことがある。

 三世紀初めから四世紀初めにかけて、カタコンベは最初の発展期を迎える。たび重なる厳しい迫害にもかかわらず、すでにローマ社会に深く浸透していたキリスト教共同体にとって、一般信徒や殉職者のための埋葬場所を確保することは大きな現実問題であった。

 三一三年、コンスタンティヌス帝のミラノ勅令によって迫害がもはや過去の出来事になると、カタコンベはさらなる拡大期を迎える。帝国の公認宗教として認知され、時の皇帝の篤い庇護を受けるキリスト教に、多くの改宗者が殺到したからである。爆発的に増加する入信者の群れを前に、キリスト教指導者たちは新たな教会組織の構築とともに、当然ながら埋葬のための共同墓地の整備を迫られた。

 このような、キリスト教を取り巻く大きな状況の変化が、カタコンベを今に見る巨大な地下都市へと変貌させることになった。同時に、カタコンベの発展の背後には、過去の殉職者に対する篤い崇敬が深く関わっている。

 一般信徒の間に古くから存在していた殉教者への崇敬行為は、特に帝国のキリスト教公認直後から急速に加熱し始め、これによってカタコンべは、ローマを訪れる多くの信者が目指す重要な巡礼地として、新たな役割を担いはじめることになった。

カタコンベの壁画装飾
 カタコンベの埋葬施設に描かれた壁画は、内容がすぐに理解されるような象徴的・記号的なものが多い。その図像主題は、死後の世界や故人の正造がなどのような一般的葬礼的主題から、旧約・新約に由来する聖書主題まで様々である。聖書主題に関しては、旧約の「ヨナの物語」や「イサクの犠牲」、「ノアの箱舟」、また、新約の「善き牧者」や「ラザロの復活」などがとくに好んで描かれた。それらはどれも、救済や復活、そしてそのための揺るぎない信仰を表象する主題に集中している。

 また、カタコンベ壁画に見られる初期のキリスト像は、羊飼いの貧しい姿(「善き牧者キリスト」)で描かれるのが常であり、後に地上の大聖堂を煌びやかい飾る権威の衣を纏ったキリスト像とのコントラストが興味深い。

カタコンベ研究とその現代的意味
 最後に、このようなカタコンベ研究を通して再構築される初期キリスト教徒の姿は、今を生きる我々現代人に、そして現代に生きるキリスト者にどのような示唆を与えるのか。現代におけるキリスト教教育という本研究集会の問題意識に刺激を受けながら、筆者なりの考えを三つほど挙げて結びとしたい。

@キリスト教共同体のあり方への問いかけ…カタコンベを担っていたキリスト教共同体の構成メンバーには、多くの社会的最下層民が含まれていた。彼らにとって共同体に繋がることは、即、分かち合いの愛餐を通して日々の生活の糧を得ることであった。また、死後の埋葬に関する全ての不安から開放されることでもあった。どんなに貧しい信徒でも、カタコンベ内への埋葬が保証されていたからである。日々の糧から死後の埋葬まで、初期のキリスト教会はまさに生活共同体的な、具体的で密な支え合いの人間関係の中にその本質が存在している。カタコンベの共同体の痕跡は、物質的豊かさの中にあって、共同体の存在意義とキリスト者であることの意味を忘れがちな我々現代人に本来的な共同体の姿を喚起させる。

A「祈りの場・学びの場」の再認識…カタコンベという地下の埋葬施設は、祈りの場であり、また同時に、多くの殉教者の生き様(死に様)が記憶された学びの場でもあった。当時のキリスト教共同体にとって、そのような「祈りの場・学びの場」(「聖域」と呼ぶにふさわしい場)は、彼らの帰属施設の中で極めて重要な意味をもっていた。様々な「聖域」が失われて久しい現代社会において、カタコンベは、そこを訪れる者にそのような場の存在意味を再認識させる。

B死と向き合う場の重要性…前項目に関連するが、度重なる迫害に直面していたカタコンベの時代のキリスト教徒にとってカタコンベは、他者(殉職者)の死を通して自らの死をリアルに感受する場であった。自分の死を身近に感じながら、新たに自分の生き方を確認する場の存在は、現代社会における「デス・エデュケーション(死の教育)」にも大きな示唆を与えるものである。

 地中海世界各地に残る死者のための地下都市カタコンベには、千数百年の時を越え、今なお、初期キリスト教徒の、篤い祈りと現代人への深いメッセージが生き続けているといえるだろう。

 (講演会当日は、多くの資料映像を用意しておりましたが、中止となり残念でした。またの機会を楽しみにしております。)

*おことわり
 第48回大学部会研究集会は、9月7日(火)、8日(水)タカクラホテル福岡で開催予定であったが、台風18号のため中止となった。しかし、講師の先生方は御準備くださったので、講演要旨を掲載することにした。
<西南学院大学文学部助教授>
キリスト教学校教育 2004年12月号3面


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