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一般社団法人キリスト教学校教育同盟 Association of Christian Schools in Japan Since 1910

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キリスト教学校教育バックナンバー

「伝統と勇気」

山村 慧

 ミュージカル「屋根の上のバイオリン弾き」は、美しい音楽とユダヤ人共同体への歴史的関心に加え、伝統や民族の問題を語り合うのにも格好の話題を提供します。
屋根の上でバイオリンを弾くなんてなんという不安定!そんな不安定さに対して「伝統!」しかないんだ、というテーマが一方で流れます。この伝統の継承をめぐって、世代間の対立、社会階層間の対立、等が発生するわけです。このミュージカルはそのことを、小さい共同体の中の、一家族の家族関係の変化の中で描写していきます。

 伝統の綻びは、ミシン、社会的異邦人、民族的異邦人、等の外部要因によってもたらされます。それが、この家族には、よりによって、伝統の核心である結婚問題で起こるという筋書き設定になっています。人間集団の結婚という風習は、共同体維持の根幹に関るものだけに、それは社会的に構造化され、文化的に独特の形をとり、共同体内倫理として内在化します。

 長女の結婚相手は、ミシンという新しい次元の機械を手に入れた仕立て屋。この新しい世代を代表するような男性に長女が嫁ぐ時、それまで共同体結束の主要な役割を果たしていたマッチメーカー(縁組み屋)がその役割を終えていきます。婚姻認定の比重が、共同体から家族へ特に父親という要因へと移行し始め、次女三女の結婚問題への伏線となります。

 次女の場合は、社会的な異邦人が相手。父親にとっては、同じ民族でも共同体外の人間は異邦人。しかも、思想と階層に社会的共通性がない。しかし結局は、異なる場所に住むとしても、小さい共同体の範囲を越えても、この青年は同胞、という構図を受け入れざるをえなくなります。この青年の所へと共同体を離れていく娘に、この父は、ただ幸運を祈ってやることしかできない。この場合は、共同体を離れても、まだ民族的つながり(伝統)に望みを託す父親の姿を見ることができます。

 最も危機的なのが三女の結婚。その相手は近隣のロシア人青年。風土は共通でも異民族。それも歴史的に確執がある隣人。長女次女の結婚問題で、共同体内の新世代への対応、共同体外の同胞問題への対応を乗り越えてきた父親は、ここで民族的なものを乗り越えることができなくなります。

 異文化の中の小さいユダヤ人共同体。屋根の上のバイオリン弾きのように不安定な場所に立たされていく共同体。遂には、ロシア人集団とその政治権力によって、共同体の基盤である風土からも追われていきます。利害関係が絡むと俄然深刻な問題に転化する世界の民族問題を私たちは目の当たりにしています。

 この破局の中で父親と三女の関係はどうなるのか。私たちの関心はそこに行きます。追われる家族が村を出る日、父親の承諾無しにロシア人青年と結婚していた三女は、物陰から見送ります。彼女へ、父親の最後の言葉がそれを聞いて喜びに弾む長女を通して伝わります、「神のお守りがあるように!」

 この言葉を言わせるのは、丁寧に培ってきた家族の絆、勇気を支える愛でしょうか。楽しませそして深刻な問題を投げかけるミュージカルです。

 この三女夫婦もこの地を去って行きます。

〈聖和大学学長・同盟評議員〉

キリスト教学校教育 2005年3月号1面