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聖書のことば
松井 浩樹
 

「恐れてはならない。落ち着いて、今日、あなたたちのために行われる主の救いを見なさい」

(出エジプト記1413

例年になく寒さの厳しい冬を終え、新たな思いの中で新年度が始まった。とりわけ本学は創立百十九年目に入るが、そのうち九十八年間慣れ親しんだ仙台市中心部の校舎を離れ、広大な新キャンパスに移転を完了しての新年度を迎えている。当然、新入生はもちろんのこと教職員、在校生ともども例年とは違う新鮮さの中であるけれども、より一層の緊張を伴うし、また新たな歴史を形成するという大きな使命を各人が身に帯びての出発である。
 そこでモーセの指導の下、約束の地カナンを目指す「神の民」を思い起こすのである。まず「四十年間の放浪」が示すように人間の思い描く計画通りには物事は進まないという事実である。そしてこの数字の意味するところのように、決して楽しい放浪ではなく「苦難と試練」に満ちた歩みであることは文脈の通りである。次にその「苦難と試練」の内容である。外的な要因も見られるが、問題は私達の深い罪深さである。食料や水など多くの「不足」に見舞われ、「神の民」は不平不満に終始し、時にそれだけで止まることなく「暴動」へと発展するのであった。大いなる希望の出発であるものの、その背後には「厳しい現実」をも自覚することを、この四月は大いなる希望と同時に身に覚える時でもあるのである。
 そこで神はモーセを通して語る。まずその厳しい現実ではあるけれども「恐れるな」と言うのである。そして「落ち着いて」日々を
歩むことを促すのである。ではなぜそう言うことができるのか、しかも命令調でである。それは「主の救い」があるからという唯一の根拠によってこの言葉は成立する。そしてさらに、その救いを「見なさい」と語る。ここに私達、キリスト教学校の生命線である「礼拝」があるのである。御心を求めつつ歩む新しい営みが、感謝のうちに日々始められるのである。


 

東北学院中学高等学校教諭
キリスト教学校教育 2005年4月号1面


キリスト教学校教育同盟