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平和学園
ディーセントな人間が育つ祈りとして
夏村 充
 

一、戦後の復興は、噴水池前の礼拝から

 一九一七(大正六)年、麻布中学創立者・江原素六が初代校長となって開校された白十字林間学校を母体に、平和学園は一九四六(昭和二十一)年四月に創立されました。戦時体制下、高松宮が視察の結果、戦車隊や毒ガス隊が、校舎や寮舎は敗戦の日まで、海軍に徴用していました。平和学園の創立者の一人、村島帰之先生は、「その折々の断片的な随想と卒業式や礼拝での説話が大部分で」と断り書きしながら、学園の創立に至るまでのいきさつを、小冊子「潮騒はささやく」に書き、次のような言葉を残しています。

 「この荒涼たる林間学校をどうして復興させるか、これが校長の私に課せられた課題だった。生徒は少ない、施設は破壊されている、修理の金もない、食糧不足はなお続く、これをどうして切りぬけて行けばいいのか」。しかし、「毎朝、噴水池の前で行われる朝礼で、私が祈祷をし、一同さんび歌を歌った。林間学校は創業の昔にかえることができたのである」。「私は賀川(豊彦)先生の処へ相談に行った。先生は余り大きな学校にはしないよう、小さくてもキリストの精神を指導精神をした学校を作るように、と激励してくれた」。私たちはこのような辛苦の言葉の中に、「建学の精神」を考えてきました。

二、学園の改革は、聖なる場所の準備から

 創立者の、そのような祈りにも似た言葉を大切に、一九九八年四月から学校の改革を始めました。一つには「よい授業を提供する」こと、そして第二には児童・生徒に安全で快適な生活環境を準備することであり、それは「校舎改革を行う」ことでした。改革は、その結果として「財政の改革・安定を図る」ものでありました。これらの手順を学校改革の王道と称し、学園は、幼稚園から高等学校まで共学・一貫教育を行う中規模校として、二〇〇五年一月七日には中学校校舎が完工、二〇〇六年三月には高校校舎の完工を予定。創立六十周年にあたる二〇〇六年には、中学高校校舎の献堂式を予定しています。創立当初からなのでしょう、生徒や教師たちは、どこかゆったりした、自由で楽しい気風を作り出してきました。このような雰囲気を創出し続けられる校舎の建築を考えてきました。校舎建築とは、神様が人それぞれに与えてくださっている潜在的可能性(potential abilities)を、十分開花できるような環境や場を準備することだと考えてきました。

三、建設の概要

 学習空間はまず生活空間であり、静謐な心の安心が得られる聖なる場所、そして音楽や芸術が当たり前の環境となる、湘南の海辺の学園を準備したいと願っています。

 地上四階地下一階建て、中・高普通教室併せて三十教室、礼拝堂・多目的ホール、特別教室七教室、日本文化教室、キッチン付きランチルーム、その他事務諸室ほかとなっています。設備などは、氷蓄熱式冷暖房、雨水利用散水設備、防火水槽(四十平米)などとなっています。道路を空中歩廊で結んだ校舎が、創立者の「潮騒ささやき」が聞こえる学園であることを祈っています。


平和学園理事長・学園長
キリスト教学校教育 2005年5月号4面


キリスト教学校教育同盟