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聖書のことば
指宿 力
 「主はすぐ近くにおられます。どんなことでも、思い煩うのはやめなさい」

(フィリピ4・5b〜6a)

 「あなたはキリスト教の信仰をお持ちだからどんな結果になっても気を確かに持ってがんばってな。大丈夫やろ。」

少し前の事ですが、不注意からガラスで大きく足を切ってしまい、担ぎ込まれた病院の医師から激しい出血のため膝から下を切断するかもしれないと言われました。そしてその手術まで、私の意識を保つためか、ずっと話し掛け、付き添ってくれていた整形外科の医師から全身麻酔がかけられる直前に言われたのが冒頭の言葉です。

幸いにも足を切断することなく手術は成功し、一ヶ月ほどで校務に戻る事ができました。しかし、手術後の数日は足の無事を喜ぶ気持ちがあったものの、その後は痛む足と愚かな自分の不注意を悔やむ思いが心をふさぐ毎日でした。この自分を責める思いは、日に日に強くなり、次第に誰にも会いたくなくなっていったのです。

そんな時、差し入れていただいた本の中で出会った言葉がこのフィリピの信徒への手紙の聖句でした。そしてこの聖句はふさいだ私の心を力づけ、慰めてくれたのです。

背を向け、心を閉ざす暗闇にいる時、神様を身近に感じる事はありませんでした。しかし、そんな愚かな私のそばにも神様はいらっしゃる事をこの聖句を通して主は語りかけられました。そして冒頭の医師の言葉通り、神様を身近に感じるという事が、人を励まし力づけることを、この身をもって知ったように思います。

この聖句は次のように続きます。

「何事につけ、感謝を込めて祈りと願いをささげ、求めているものを神に打ち明けなさい。そうすれば、あらゆる人知を超える神の平和が、あなたがたの心と考えとをキリスト・イエスによって守るでしょう」

キリスト教主義学校に働く我々は、日々聖書の言葉に聴き、共に祈り、願いをささげます。時にはその中に我々の生きる現実との乖離を覚える時があるかもしれません。しかし、聖書の言葉が人を力づけ、支えるものであることを信じ、生徒たちと共に謙虚に聴き従う者でありたいと願います。いつも共にいてくださる方がおられることを覚え、前を向いて歩んで行く者でありたいものです。



啓明学院中学校・高等学校宗教主任
キリスト教学校教育 2005年6月号1面


キリスト教学校教育同盟