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恵みの泉
 イザヤ12:2〜3 ヨハネ4:13〜15

開会礼拝説教
一色 義子

キリスト教学校教育同盟第九十三回総会に全国からお集まりの皆様と主のみ前にまず礼拝をささげる恵みを感謝いたします。

ヨハネによる福音書四章は、主イエスがサマリアの井戸端で一杯の水を所望されて始まり、「神の賜物」を指摘され、15節までの短い対話に、賜る、下さる、与えるという同根の語が七回も響いてきます。神からの賜物とは無償でいただく贈り物、これこそ神の愛の極みなる主イエス・キリストです。主イエスは、「わたしが与える水」は「その人のうちで泉となり、永遠の命にいたる水がわき出る」と重ねて言われたとき、その永遠の継続さえも、私たちの業や業績の蓄積によるのではなく、神の惜しみなく賜る主イエスによる愛の永遠の力の継続です。

主イエスは十字架に到るまで愛を貫き、復活され、神の勝利を示され、世の終わりまで私たちと共にいてくださる、溢れるばかりの恩寵の賜物です。

主イエスによりサマリアの女性は変えられ、主イエスは「わたしが、それだ」とメシアなるご自身を明らかにされ、彼女はキリスト到来を告げる使者に変えられました。

 生活の水なる知識を得ようと私たちの学校に来た若人が主イエス・キリストに出会い、永遠の命の水なる神の賜物を知り、絶大の愛を賜り、人間存在の生きる意味を知り、価値転換を与えられ、変えられる―それがキリスト教学校教育の真髄である、と信じます。

 恵泉はその名も神から賜る恵みの泉として、一九二九年、戦争になだれこむ時、日本の一人のキリスト者女性である河井道は、キリストによる世界平和を造る働き人に女性がイエスに出会い変えられなければ、と止むに止まれぬ思いで、十代の早期から高等教育までを視野に、祈りと、友人知人の祈りと支えによって九人の生徒で借家で始めた私学です。七十五年間、戦争中も、恵泉の居るところ一日も欠かさず礼拝厳守を貫き通すことができたことこそ、恵みです。私は戦中の生徒でしたが、河井道は礼拝を止めろ、と強制されたら、学校を止める、と公に言い切っていました。

イザヤ書にも苦難の民が「主こそわが力」と神を信頼し恐れず神を感謝し「あなたたちは喜びのうちに、救いの泉から水を汲む」と喜びが複数に増幅する時、「諸国の民に御業を示し、気高い御名を告げ知らせよ」と使命を帯びる様が示されます。私たちも今、この地球世界が新たな混乱の時にこそ、主イエスの愛の恵みの泉から汲んで尽きぬ永遠の命の水を、この渇いた日本の地に、世界に、注ぎ続ける使命を与えられ「勇気を出しなさい。わたしは既に世に勝っている」(ヨハネ1633)と主イエス・キリストから日々力を賜りご一緒に励みたいと願います。百余校のキリスト教学校教育同盟の教職員生徒学生ご関係の皆様に、主の御祝福がますます豊かに、また本総会に聖霊の御導きを切に祈ります。


恵泉女学園理事長
キリスト教学校教育 2005年7月号1面


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