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聖書のことば
堂本 陽子

「起き上がりなさい。床を担いで歩きなさい」

(ヨハネ5・8)

「光の中で担いゆく」

 数年前、網膜剥離の手術を受けた。神経細胞の塊である目の手術は部分麻酔だったので激しい痛みを味わった。手術前後には眼の絶対安静のため眼帯で覆われ激しい痛みに苦しみ全く光のない四日間を過ごした。これは私にとって完全な暗闇の世界だった。五日目、右眼の眼帯が外されたが、私は激しい苦痛と闇の中で眼を開けることを忘れてしまっていた。「眼を開けなさい!」という父の厳しい言葉にハッとさせられて恐る恐る眼を開けると、そこには柔らかい光に包まれた世界が広がっていた。私は苦痛の暗闇に閉じ込められた時間を過ごすと光を見ることや求めることを忘れるのだということを学んだ。

 三十八年間も寝たきりだった男性は、病気ゆえの苦痛だけでなく、誰からも顧みられない孤独感、社会から見捨てられた絶望感に閉じ込められていたことだろう。そんな彼にイエスは語る。「良くなりたいか」。人間の暗闇のただ中にまっすぐに差し込む御言葉は、本来のあるべき姿や願いへと引き戻す光となり、生きることへの希望の光となっただろう。そしてさらに「起き上がり床を担ぎ歩き出しなさい」と語る。「起き上がる」とは「天に昇る」の意味がある。この御言葉は「目をあげて神を仰ぎ重荷を背負い歩き出す」ことへの希望の光となる言葉である。

 教育活動は日々成長していく生徒と向き合いながら苦労の多い仕事である。その中には喜びも楽しみも苦しみも悲しみもあり、子どもの現実も様々な苦悩がある。だからこそ、私たちは苦痛や労苦の暗闇に差し込む光として御言葉を受け止め支えられつつ、子どもの苦悩を共に背負い、与えられた務めを共に担って生きたい。時には担いきれないこともある。そんな時、イエスご自身が私たちの重荷を共に担ってくださり共に歩んでくださることを覚え、慰めと感謝と希望を光として、子どもたちと共に新年も歩みゆこう。

〈桜美林中学校・高等学校チャプレン〉
キリスト教学校教育 2006年01月号1面


キリスト教学校教育同盟