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2006年度教研研究テーマ
幅広く深く学ぼうキリスト教学校の意味
倉松 功
 
 一月五、六日教研中央委員会が開催された。前例により各委員会から新年度同盟の教研テーマ案が提示された。それは多方面にわたるものであったが、およそ以下五点にまとめられる。
 第一は、キリスト教学校の使命や本質を再確認しようとするもの。これは第二の聖書の価値観、福音の真理、キリスト教の価値観、建学の精神を再考察し、今何を伝えるべきかを探求しようとすることに連なる。第三は、前記二つを具体的に集約する頂点にある、キリスト教学校の礼拝の意味の再確認や、キリスト教教育と教会との関係を問うことであった。第四は、上述のすべての事柄を担う教育現場は、非キリスト者が多い。キリスト者と非キリスト者との事柄の共有、共働、協力が切実で重要な課題である。この共有、共働、協力は教員と職員のみでなく、さらに学生、生徒にも関わるものであることに注目すべきである。第五として、さまざまな社会問題における連帯、保護者との価値観の共有、世に仕えるキリスト教学校といった外との関わりを模索したいという提案があった。

これらの提案を、担当者として以下のようにまとめてみた。

テーマ 幅広く深く学ぼうキリスト教学校の意味
 はじめに キリスト教教育の意義(キリスト教学校の必要性を求める声)
 一 教育における連帯 人間と教育 教育の目的
 二 証しの共同体としてのキリスト教学校 礼拝 人格形成としてのキリスト   教教育 教科と実践
 むすび キリスト教学校の祝福と課題

人間はキリスト者、非キリスト者も、生徒、学生、教職員も「教育」ということに関しては、広く知られている文化、思想、問題を共有している。それらは、キリスト教の観点からも古くから大切にされ、強調されたものである。(提案者の意見によれば、それは神の創造の意志に従うものである)。とりわけ、二十世紀の後半はそれが世界的な価値となった(世界人権宣言、ユネスコ教育宣言)。そのことをしっかり見つめ、そこに共に立つことが、キリスト教学校において広く「教育」に関わる者の共有・共働・協力にとって最も重要なことである。
 そこからまた社会に対してキリスト教学校としてなすべきことも明らかになる。「教育」を根拠にし、そこから生じる果実や問題提起が、キリスト教学校のこの世に対する奉仕なのである。しかし、キリスト教学校はまさにその教育、人間の育成の中で、「証しの共同体」であることが許されているし、またそうあるべき使命が与えられている。これはキリスト教学校にとって、深い特別な祝福であり、課題である(ローマ1015、一コリント121他)。
 それと同時に、キリスト教学校は人間の働きを越えるものを教育の中に見ている(一コリント3・6、コロサイ2・19他)。それゆえキリスト教学校は、上よりの「助け」と「ゆるし」を祈り求める。これらのことは、学校礼拝の意味や教会との関連なしには考えることはできない。

〈東北学院学院長・同盟教育研究担当理事〉
キリスト教学校教育 2006年3月号1面


キリスト教学校教育同盟