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リベラル・アーツ教育と聖書
-修辞学的批評について-
関東地区大学部会研究集会
小林 俊哉

二月二十四日に青山学院宗教センターで、関東地区大学部会研究集会が二十四名の出席者をえて開催された。二〇〇五年度の大学部会全国研究集会が関東地区の担当であり、地区研究集会はこれに合流する形をとるため関東独自の集会は持たないことが決定済みであった。しかし地区大学部会委員会の議論を通し、部会活動の見直しと活性化を図る方向性が討議される中で、地区研究集会開催への運びとなった。例年通り半日の学びの時間を持ったわけだが、非常に有意義な集会となった。

開会礼拝は、立教大学の香山洋人氏がマルコによる福音書1046?52節をテキストに「安心しなさい、立ちなさい、お呼びだ」というテーマで担当された。イエスにのみゆるされる「安心しなさい」という呼びかけをする、盲人バルティマイの側に立つ人たちに注目し、本当に大切な仕事を託された人々の存在の意味を学ぶことができた。

これに続き発題と討議の時間を持った。発題は「リベラル・アーツ教育と聖書―修辞学的批評について―」という題で、敬和学園大学の山田耕太氏が行った。その内容はきわめて多岐にわたり、ここで完全なご紹介をすることはもとより不可能である。あえて発題の要諦をまとめるとすれば、キリスト教大学の多くの部分がよって立つリベラル・アーツ教育とは何か、新約聖書の修辞学的な批評とはどういうことで、そのような立場で読み解く聖書学とリベラル・アーツ教育の関係はどのようなものか、また現在私たちがおかれたキリスト教教育の現場でのリベラル・アーツ教育や聖書の関係はどうあればいいのか、というところに集約できるものと思う。

山田氏はキリスト教学校教育同盟加盟校の共通項を、@建学の精神、Aキリスト教関連教育プログラム、B入・卒業式やクリスマス行事などの大学行事、Cキリスト教教育を推進する人・組織・システム、の諸点に分類し、これらを土台とする学校におけるリベラル・アーツ教育へと論を進められた。

何となくわかっているつもりのリベラル・アーツ教育であるが、そもそもそれが歴史的にみてどのようなもので、その目的やその教育内容はどのようなものであったのかの紹介、さらにその教育の歴史をたんねんにたどるなど、非常によく心配りされた発表は実に参考になるものであった。また「聖書の修辞学的批評」という、とくに私のような門外漢にはあまり縁のないポイントについても、そもそも修辞学批評とは何かを示され、実際に新約聖書の中にみられる「弁明」「勧奨・助言」などといった例示も与えられ大変に興味深かった。

発題に続く討議の時間では、さまざまな大学でのリベラル・アーツ教育のとらえ方や具体的プログラムの紹介なども含め、さまざまなやりとりがなされた。特に山田氏は、現代におけるリベラル・アーツ教育の聖書との関係において、基本的に「リベラル・アーツ教育を支える聖書」というとらえ方をするのがキリスト教学校のあるべき姿ではないかと主張されたが、この点においては参加者の間で白熱した議論が展開された。

今後とも、キリスト教関連科目の担当ではない教員にも参加していただきやすいプログラムづくりを進める所存である。今回参加してくださった諸先生へ感謝すると共に、これからの活動にもいっそうのご協力をお願い申し上げたい。 

〈関東地区大学部会委員長、新島学園短期大学教授〉
キリスト教学校教育 2006年5月号3面


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