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聖書のことば
田 島 靖 則

「あなたがたは神に愛されている子供ですから、神に倣う者となりなさい」

(エフェソ5・1)

 先日、ある公立高校の教職員研修会に講師として招かれました。キリスト教学を専門とする私のような者が、公立学校で、しかも多くの教職員を前に語るというのは異例のことでした。与えられたテーマは、「セクハラ防止と職業倫理」。ルターの職業観を皮切りに、キリスト教だけに偏らぬようにと仏教や儒教の職業倫理にも触れながらキリスト教の人間観を紹介し、米国福音ルーテル教会の対セクハラ基本方針を例示して無事講義を終えることができました。
 宗教的な切り口で行われる研修会は初めてとのことで、特に主催された管理職の先生方の不安は小さくなかったようです。しかし、意外にも講義は好意的に受け止められたようでした。
 そこで、一人の女性教諭の方から、次のような質問が寄せられました。その高校は、工業・商業といったいわゆる実業系の高校なのですが、入学してくる生徒の多くが家庭的に何か大きな問題を抱えており、特に、今まで誰にも評価された経験がないままに高校に入学してくる生徒には、指導上教育上大きな困難があるというのです。そこで「他者を愛する」ことより、むしろ「愛される」ことを教えることの難しさに気づいたといわれるのです。確かにイエスも、「自分を愛するように、隣人を愛しなさい」と言われており、愛された経験のない者が、自分を愛し、他者を愛することはさらに困難であることは明白です。
 使徒パウロの名によって記されたこの手紙には、「あなたがたは神に愛されている子供です」とありますが、このことを公立学校で教えるということの困難さ、もどかしさを、その先生の言葉に感じたのです。キリスト教学校に与えられている使命は、生徒たちに「愛されること」と「愛すること」を同時に教えるという点にあります。
 学校で聖書の言葉が語られること。そこにどれだけ大きな教育的な力があるのかを、私たちは今一度感謝して確認すべきではないでしょうか。

〈九州ルーテル学院大学助教授〉
キリスト教学校教育 2006年10月号1面


キリスト教学校教育同盟