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まとめ
いつも聖書に立ち返る
山 本 真 司

「キリスト教学校の原点に立ち返り、聖書そのものを謙虚かつ真摯に学びませんか」

小学校を含めて開催した第一回全国聖書科研究集会の呼びかけに、八月十五日(火)から十七日(木)という厳しい日程にもかかわらず、全国から三十二校三十三名(小学校五校)の聖書科教師が湘南国際村センターに集まった。講師は日本基督教団神奈川教区巡回教師、元青山学院大学教授の関田寛雄さん。

 今年度の教研テーマ「幅広く深く学ぼうキリスト教学校の意味」を中心課題に据えた学びの時は討論の環境を整えるためにアイス・ブレーキングから始められた。なぜなら教師自身がまず「出会い」をしっかりと体験することが聖書科の基本だからだ。日常の教育活動から暫らく解放されて、本来、充分に時間を使って取り組まなければならない聖書を読むということに浸る二泊三日が幕を開けた。

 関田寛雄さんの丁寧でパトスに満ちた講義についてはご自身の要旨に譲るが、項目を列挙するので参考にしていただきたい。

講義@「学校で福音を語るとは」

それぞれの建学の精神をシンボル化したキリスト教主義学校の独自性、学校での聖書の読み方、救いの歴史と救い主キリスト・イエスの証言、聖書における「光」と「闇」−躓きをどう越えるのか、そして、マルコによる福音書をテキストに解放の主イエスの歩み。

講義A「聖書をどのように学び、どのように伝えるか」 

キリスト教信仰における聖書の位置、聖書の指針の生まれる過程、教師の「生活の座」から、「証人」としての教師。

また、この研究集会は講義を中心に同労者が学び合う性格を持っている。四回行われた礼拝と聖書研究、少人数に分かれて行われた議論は得難い気付きの機会だった。

各学校の事情に違いはあるが、牧師や聖書科教師は一名ないし二名なので、日々の何気ない疑問やアイデアを切磋琢磨する機会を持つことが容易ではない。「生活の座」を共有していることで議論は実り多いものとなった。懇親会もまた時間を忘れて語り合う絶好の場だった。

これまで積み重ねられた中高研究集会の伝統を大切にしながら、小学校との連携と拡がりを得て、さらに、それぞれの働きの場がキリスト教的エトスに満たされるように研鑚を重ねることが重要な課題であることを改めて確認した。少子化をはじめとする困難を増す私学経営の実情が建学の精神を空洞化させることのないように努力を続けなければならないだろう。キリスト教主義学校の基盤は創立者たちの信仰告白を具現化したものだから、数多の祈りに支えられて今があるに違いない。厳しい試練のただ中にあって、なお、希望を求めつつ歩みたいと願っている。

〈全国聖書科委員会委員長、同志社国際中学校・高等学校宗教主任〉
キリスト教学校教育 2006年11月号2面


キリスト教学校教育同盟