ホーム < キリスト教学校教育 < 07年01月号 < 5面


第1分科会
教育根幹論
日本国憲法と教育基本法
阿久戸 光晴

第一分科会は、主題講演を受けて次のように総括した。

@現代日本社会を取り巻く世界史的・グローバル的社会変動を家父長制社会(タテ社会)から契約社会(ヨコ社会)への動きと捉えること。

Aしかしその契約社会を真に支えるエートスがみつからず、社会の野放図なコントラクト化が起き、人間の結びつきの深刻な脆弱化が、特に家庭に起きていること。

B契約社会の由来はピューリタニズムにあり、そのコンテキストにおいて契約は本来、人間当事者だけによる商約的なコントラクトContractではなく、神が契約当事者たちをまとめ且つかかわる聖約Covenantである。

Cキリスト教学校は正に垂直次元を持ち、これからの契約社会を支えるエートスを子女に教育しうるゆえに、日本社会の病理を克服できる糸口をつかんでいる。形成原理をもって克服していかねばならない。

Dしかるに現在の政府の対応は古いエートスをもって現在の教育課題と取り組もうとしており、後向きの車の運転と言わざるをえない。教育基本法「改訂」の動きに対し、批判原理をもって対処すべきである。さらに、司会者より、敗戦後の日本社会を規定してきた根本規範としての日本国憲法とその社会を形成していく主体者の規範としての教育基本法と位置づけ、現在の教育基本法改訂論議を取り上げて現行教育基本法と改訂案とを対比し、そのねらいがどこにあるのかを次のように発題した。

@日本国憲法で保障され現行教育基本法で強調されている個人の尊厳を公共性の原理の中に埋没させる工夫がなされているが、この「公共性」が国家主導の点で問題である。

A教育基本法第一、二条の重要ポイントである「自主性・自発性」は自由の成熟教育を志向するが、国家管理の義務教育の中であいまいとされる。

B郷土愛(愛国心からの妥協形)は教え込めるものであろうか。

C「心のノート」は中等教育段階で心のケアと称して一つの伝統的価値観が教え込まれていく端緒となるものではないか。

D教育行政は教育現場に不当な介入をせず、むしろ現場を支え生かすものであるべきところ、自治体とともに国家が行政において介入することができるようになっている。

分科会ではこれを受けて、主題講演の感想と教育基本法改訂をめぐって種々の意見が出された。主題講演については共鳴の声が数多く出た。教育基本法改訂については、特にタウンミーティングのやらせ質問に見られるプロセスの甚だしい問題を指摘する声があり、また数年前からいわゆる未履修問題の存在を知っていながら政府が今回急に問題視しているのは、少なくとも教育委員会の信用失墜を狙ったものではないだろうかとの指摘もあった。さらに、およそ法の前文を全面改訂するとすれば、それはもはや改訂の域を超えて教育基本法の廃止、新法制定となり、それは日本国憲法を主体面で支えてきた法規範の深刻な変化になるのではないかとの、指摘があった。一方、キリスト教学校でも愛国心を教えるべきであるとの意見も出された。しかし、議論を通じて少なくとも拙速で改訂を進めるべき問題ではないことでは一致した。

〈聖学院大学学長〉
キリスト教学校教育 2007年01月号5面


キリスト教学校教育同盟