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キリスト教Q&A

旧約聖書

和 田 道 雄

 日本アカデミー賞受賞作品やその原作名である「復讐するは我に有り」(申命記3235節等)と聞いて、「聖書の言葉だ」と閃くのはキリスト教学校の教職員や学生・生徒たちでしょう。でも一九九六年に行われた衆議院選挙で学歴詐称があったと告発された野球監督夫人のように、「この私が復讐してやるわ」という意味でこの聖句を使ってしまうことは、聖書のメッセージに関心を持とうとしない世界では有り得ることでしょう。

 今回はこの聖句も載せられている旧約聖書について学ぶことにしましょう。

Q1 旧約聖書はいつ頃、誰によって書かれたものですか。

 プロテスタント教会は、三十九巻を旧約聖書の正典としています。その一つ一つは一気に書かれたものではなく、千数百年余りの間に口伝に始まり、いくつもの資料や文書が一つの目的のもとにまとめられてできたものです。ですから、その成立年代を特定することは難しい作業となります。
 しかし、旧約聖書が文書としてまとめられた時期を見ると、大まか に三つの時代に集中していることがわかります。

 紀元前十一世紀…伝統的なイスラエルの部族連合が崩壊し、王制へと大きな変化を見せた時代。ダビデ王位継承史やヤハウェ資料。
 紀元前八世紀…アッシリアによって北王国イスラエルが滅亡し、南王国ユダもその脅威を受けることとなった国家的危機の時代。エロヒム資料やアモス書、ホセア書、イザヤ書等。
 紀元前六世紀…アッシリアの重圧から抜け出した新バビロニア帝国によって南ユダも滅亡し、主な人々がバビロンに捕囚された国家的危機の時代。申命記資料、祭司資料、エレミヤ書、エゼキエル書等。

 このようにいずれも体制の変化や国家的な危機という信仰の揺らぎがあった時代に、旧約聖書の編纂が行われたのは、その目的を知る上で大変興味深いことです。数々の試練に遭いながらも、なお生きて働く神さまの御心を探り求め、神さまの御手の力強さを肌身で感じた人々がこの旧約聖書を残したのです。

Q2 「はじめに、神は天地を創造された」と始まる創世記は、もちろん一番最初に書かれたものと考えてよいのですか。

 確かに世界の創造や人間の創造、ノアの箱舟やバベルの塔は、「はじめに」は相応しい内容ですが、これはチグリス・ユーフラテス川に育まれたメソポタミア文明と深い関係があります。そして、メソポタミアとエジプトとの重要な通商路に聖書の民は生きていましたから、エジプト文明との深い関係もあり、行き来もしていたことでしょう。
 このように紀元前何千年という世界と関っているのですが、律法(モーセ五書)と呼ばれている旧約聖書の最初の五つが今日のような形になったのは、捕囚後の第二神殿時代で(紀元前四〇〇年頃)、その中でも創世記は一番あとに編纂されたものであったと言われています。しかしこの律法は、旧約聖書の根幹をなすものであり、一番早く権威ある正典として認められたのも確かなことです。

Q3 要するに旧約聖書が私たちに伝えようとしていることは何ですか。

 イザヤ書714節に「それゆえ、わたしの主が御自ら/あなたたちにしるしを与えられる。/見よ、おとめが身ごもって、男の子を産み/その名をインマヌエルと呼ぶ」、また810節に「神が我らと共におられる(インマヌエル)のだから」と書かれています。そして、新約聖書マタイによる福音書1章2223節にキリストの誕生がこの預言の成就であると記されています。旧約聖書と新約聖書の関係を問題集と解答集であると言い表すことがありますが、なるほどと思います。
 さて、旧約聖書が伝えようとしていることを簡単にまとめるのは至難の業です。あえて一言で表せば「インマヌエル」という言葉に尽きると思います。
 ですから「復讐するは我に有り」の意味もお判りのことでしょう。

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〈明治学院中学校・東村山高等学校校長〉
キリスト教学校教育 2007年04月号3面


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