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日本のキリスト教
小 塩  節
 
 現在の日本のキリスト教、とくに諸教会の教勢について悲観的な声がよく聞かれます。まさにそのとおりでして、大きな都会の教会はまだよろしいが、山村寒村漁村に先人が心血を注いで建てた教会の苦難困難は、ほんとうに心胆を寒からしめるものがあり、他人事ではありません。

 それはわが国の教会自体の中にまず原因があり、少子化もそれに追い打ちをかけていますし、オウム真理教事件以来の一般的な宗教離れ、9・11以来の「一神教批判、多神教回帰」、さらに現在の日本を覆う拝金主義のせいもあります。一方でわたしたちは真剣な仏教再建運動には、おおいに学ぶべきでありましょう。

 ともかく教会に若者が来なくなって久しい。いずこでも聞く嘆きであります。事実そのとおりでして、いまここで数字を持ち出して申し上げるまでもありますまい。

 世界的現象だと仰る方もありますが、お隣りの韓国や大国ロシアの正教会への青年の集まりの盛んなことを考え合わせますと、世界中どこでもそうだとばかりは言っておられません。しかし、現実は現実。実際問題として日本の教会は若者たちをひきつけられないでいる。

――でも、いや、だからこそ、キリスト教主義学校の使命は大きく重いのであります。多くの先人、先輩が声を大にして仰っておられますが、私もそのことをおなかの底から申し上げたい。

 私どもキリスト教主義学校の上に、とくにそこに学び育っている若い人びとの上には、理屈抜きに、神の大いなる愛が注がれ、神の目が一人一人を見ておられる。人の口(噂)、人のことば、人の目を気にするのではなくて、神の目をおそれ、神の大きな愛がすっぽり包み降り注いでいてくださることを、彼らが無意識のうちにも身につけていってほしいし、それは可能です。

 私たちキリスト教主義学校に学ぶ多くの若者たち幼いものたちに、福音の種子まきをしなくてはなりません。いつの日にか種子は芽を出すものであります。

 数年前、ドイツのある町で講演を致しましたあと、来聴者の中の一人の堂々たる魅力的な日本人女性経営者が歩み寄ってきて、「ドイツ語の文化講演ではあったけれど、何十年か前にフェリス女学院で、ただもう頭をたれて聞き流していたのに、ふうっと聖書のことばが強烈に聞こえてきた。忘れていたはずだし、私、教会に行っておりません。でもあの言葉、あの聖句が無意識に今の私を支えてきてくれたことに、たった今気がつきました」と涙を流さんばかりに語ってくれました。そう、種子はいつか、どこか、遠くでも芽を出すのです。そのことを私どもは信じたい。いや信じていい。ということは、種子まきを怠ってはならない、諦めてはならぬということです。数の上でも圧倒的に多い、私どもに託されたこれらの若い魂たちへ種子まきを!

〈フェリス女学院理事長〉
キリスト教学校教育 2007年6月号1面


キリスト教学校教育同盟